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いま「増税」すると、日本はどうなるのか?

堀川直人(国際金融アナリスト)

2012年06月20日 公開 2023年01月05日 更新

いま「増税」すると、日本はどうなるのか?

日本経済は多額の国債をかかえ、破綻しかけている。それにより政府は度重なる「増税」を行い、国民は重い税負担を余儀なくされている。

日本円、日本経済はこれからどうなっていくのだろうか。国際金融アナリストの堀川直人氏が解説する。

※本稿は、堀川直人 著『略奪される日本経済』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「増税」という名のナイフで突き刺される日本経済

気息奄々たる日本経済に、政府・与党はいま、最後のとどめを刺そうとしている。殺害に使用する凶器は――増税という名のナイフである。

最初の一撃は、東日本大震災の復興予算捻出のための増税である。総額は13兆円で、とりあえず復興債を発行して調達し、2013年から行う増税によって25年間かけて償還しようという計画である。増税の中身は、所得税の増税に加え、たばこ税、個人住民税、法人税も上げる。

それだけではない。第二撃がある。

それは、「社会保障と税の一体改革」による、消費税の増税だ。これは、消費税をいまの5%から10%に段階的に引き上げるというものだ。2014年に3%引き上げて8%にし2015年にさらに2%引き上げて10%に持っていく。

大和総研の試算によると、年収500万円の標準世帯(夫婦と子供2人)では、これによって可処分所得が年間約31万円も目減りする。月額平均では2万5833円の減である。

だが、これだけで済むわけがない。2012(平成24)年度予算で見ても、歳入と歳出の基礎的財政収支(プライマリーバランス=公債発行を除いた収入と、債務に関わる元利払いを除いた支出の収支)は20兆円以上の赤字になっており、新発国債を44兆円も発行する計画になっている。

今回の消費税増税による税収増は、約10兆円であり、これだけでは到底足りないのだ。

しかも民主党政権では、公的年金の一元化と最低保障年金の創設が念願であり、これを実行するとなると、さらに巨額な財源が必要になる。そのため、ナイフによる第三撃、第四撃が用意されており、日本経済は、これでもか、これでもか、という具合に何度も突き刺される。

具体的には、所得税と相続税の最高税率の引き上げ、証券優遇税制の廃止に加え、新たに消費税を7.1%引き上げ、17.1%にする案が検討されている。

増税に関しては、経済学にフリードマンの「恒常所得仮説」という定説がある。これは、消費は将来を含め長期的な所得予想によって決まる、というものである。

すなわち、政府が増税の動きをするだけで、国民は将来の所得の減少を見込んで財布のひもを締めるから、消費が落ち込み税収が落ちる。実際に増税をすれば、消費はさらに落ち込む、というわけだ。

かくして、政府が増税をすると税収が落ち込み、落ち込んだ分をカバーしようと、政府はさらに増税を重ねる。このようにして、増税と税収減の悪循環に陥り、経済は奈落の底に落ちていく。

たとえ将来の増税とはいえ、先に増税という重石を置いておくのは、線路の先に石を置いて電車を走らせるのと、同じようなものなのだ。

石があると知っていたら、運転手はスピードを緩めて注意しながら電車を走らせる。知らなければ、いつものスピードで電車を走らせるから、石に乗り上げて脱線する。

いま、政府がやろうとしていることは、線路の先にいくつもの石を置き、そのことを声高に知らせて注意を促しているようなものなのだ。

だが、経済という電車は、スピードを緩めることはできでも、止めることはできない。前方に置き石があるとわかっていれば、急ブレーキをかけるが、止まらずにそのまま走りつづけ、最後は脱線転覆する。

殺害のシナリオは、かくして完結する。ウタリン抜け首相は、このシナリオを「不退転の決意」で実行しようとしている。しかし、空にはハゲタカが舞っており、惨劇はこれだけでは終わらない。

 

無知か、未必の故意による殺人か

この惨劇の動機は何か――。痴情・怨恨の線は薄い。残るは、騙されたとか、無知による犯罪、あるいは未必の故意による殺人であろう。「未必の故意」というのは、死に至るかもしれないことがわかっているのに、あえてその行為を実行して死に至らせることである。

騙されたということは、あり得る。誤った処方箋を与えられ、何も知らずにそれを患者に飲ませ、殺してしまった、という場合である。もう1つは、昔から使われていた処方箋に従って、今回も薬を調合し、患者に飲ませてみたが、その処方箋そのものが誤りであった、という場合である。

この処方箋は、昔から財政再建というと、必ず出てくる定番メニューである。特に、IMF(国際通貨基金)や世界銀行は、必ずと言っていいほどこの処方をする。

極端な緊縮財政をとり、支出を切り詰める一方、増税を行って税収増を図る。昔からの定石どおり、「入るを図って出(いずる)を制する」やり方である。

薬とは言いながらも、一種の毒薬であり、体力が弱っているときには、かえって体を壊す。健康体であっても、その毒に耐えるのは相当な痛みと苦しみが伴う。しかも、短期間では治らず、体力を回復するまでに、かなりの歳月を要する。ときには、その間に命を失うこともある。

かつてIMFにこの処方を与えられた発展途上国のなかには、死の寸前まで行ったところもある。ギリシアも今回、同様な処方を突きつけられて、政府も国民も、その薬を飲むべきか飲まざるべきか大激論を繰り広げ、町では暴動が起こったのである。

事実、IMFは今年の1月末、日本にも注文をつけてきて、「消費税率を10%に引き上げるだけでは、公的債務比率を縮小させるには不十分だ」と、一層の増税を求めてきている。I

MFや世界銀行には財務省からも出向しており、IMFのこうした勧告は、財政均衡派の財務省の意向を汲んだものであろうし、財務省にも当然、伝えられているはずである。

では、なぜ薬ではなく毒を処方するのか――。

簡単に言えば、「従来の経済学には、この処方以外の財政再建策は書かれていない」ということなのだ。副作用の激しい抗ガン剤でも、公に認められた薬である。これ以外に病気を治す方法はない。

この処方で死んでしまったら、「それに耐える体力がなかった。本人が不運だった。お気の毒です。あきらめなさい」ということになる。昔から、偉いお医者さんがよく言うセリフである。

しかし、この処方については、IMFのなかにも異論があるようだ。チーフエコノミストのオリビエ・ブランチャードがブログで、「財政再建が低成長につながると、国債市場のリスクが高まる」、と多額の債務を抱えた国の急激な緊縮財政に警鐘を鳴らしはじめている。

要するに、「この処方箋を採用すると、国債発行残高の多い国は、国債が暴落するかもしれない」と言っているのである。

このように、IMF内部でも意見が2つに分かれている。しかし、ウタリン抜け内閣は、断固として従来型の処方箋を使おうとしている。顔は丸っこいが、頭の中は意外と頑固で、動脈硬化でも起こす寸前の状態なのだろう。「ウタリン抜け」とは、よく言ったものである。

従来の結果から見て、この処方箋の薬害については、チーフエコノミストの言うほうに理がある。それでもなお、IMFの処方を採用して、日本経済が死に至ったら、だれが責任を取るのだろうか。

すでに警告はなされているのだから、その場合には、無知による犯行と言うより、未必の故意による殺人、と言うべきであろう。

 

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