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野球のためだけにアメリカへ...現地記者が語る「大谷翔平エンゼルス移籍」の裏側

ジェイ・パリス(スポーツ・ジャーナリスト)、関麻衣子(訳)

2023年07月21日 公開

 

二刀流選手を迎えたピッチングコーチ

チャールズ・ナギーはハンドルを握り、往復193kmにも及ぶ道を走っていた。行き先はアナハイムで、そこでは今もっとも注目を集めている投手が練習に励んでいる。

エンゼルスのピッチングコーチであるナギーは、ノース・サンディエゴ郡南部に住んでおり、オレンジ郡までの長距離の通勤を苦にしていない。「それほど遠くないさ」ナギーは言う。

しかし今年は、はるか遠くの東から新人投手を迎え、チームは新しいスタートを切る。そう、大谷翔平とともに。

日本での活躍を経てメジャー最初のシーズンに乗り出す大谷は、ナギーが指導する投手であるばかりではない。右投げの大谷は、同時に左打ちの打者でもあり、どちらにも秀でているのだ。

「彼は素晴らしいよ」メジャーで129勝を上げたナギーはそう言う。「明るくて、 気さくな子だ。野球をこよなく愛しているのがよくわかる」

野球のほうも間違いなく大谷を愛しているようで、1世紀前のベーブ・ルース以来の二刀流という才能を彼に与えたようだ。

しかしベーブ・ルースが投打の双方に励んでいた際、ヤンキースにピッチングコーチはいなかった。エンゼルスの監督であるマイク・ソーシアは、幸いにもナギーという頼もしいコーチを抱えている。

大谷を迎えて、ナギーは先発ローテーション投手を通常よりも1人多い6人で考えねばならなかった。また、バッティング練習をしている際もピッチングの腕を磨けるよう、バランスを考える必要もあった。

大谷は投げる試合では打席に立たないし、登板予定の前日や翌日にも打たない。同様に、打席に立つ試合では登板しない。

投手として出場する試合と試合のあいだに、大谷に効率よく練習させる必要があり、同時に故障者が出た場合のローテーション変更もナギーが行っている。

「メジャーリーグのピッチングコーチの仕事は非常に多岐にわたっている。ありがたいことに、チャールズはどれも上手にこなしている」監督は言った。「日本で翔平は、 中5日か6日、あるいはそれ以上開けて登板することもあったそうだ。今シーズン、 6人のローテーションでいくなら、中7日は無理でも6日で登板はできそうだ。様子を見ながらになるとは思うが」

メジャーで年間プレーしたナギーは優れた投手として名を馳せ、サンディエゴ・パドレスに在籍していた2003年に引退している。オールスターに3度選出され、 クリーヴランド・インディアンス在籍中にワールドシリーズを2回経験している。 大谷もナギーについて好意的なコメントを残している。

「よく見ていてくれますし、面倒見のよい方です。いつもアドバイスをもらっていて、 すごく助かっています」

ナギーが投手たちをよく理解しているのは、自身も投手としての経験があるからだろう。

「彼はいつでもポジティブな気分にさせてくれる」先発投手の1人であるニック・トロピアーノはそう語る。「難しい局面に立たされることがあっても、いつも近くにいて笑顔を見せてくれる。困難を受け流すという姿勢が彼にはあって、それが大事なんだ」

大谷という独特の存在を得ることによって、エンゼルスのスタッフには柔軟性が求められることになった。それでもすべてがスムーズに流れていったのは、ナギーの力量によるところが大きい。

「大谷は誰とも異なるタイプの選手だ」トロピアーノは言った。「二刀流の選手をどう扱うかなんて、よくわからないというのが皆の本音だろう。それでもコーチ陣はよくやっているし、特にナギーはすごいと思う。6人のローテーションっていうのも、 かなり異例のことなんだ。けれど、大谷のような逸材を逃すわけにはいかない。だから周りが合わせていくのさ」

大谷もまた未知の領域に足を踏み出していて、ナギーはそのことも心得ていた。  

「彼を迎えるのはチームにとって新たな挑戦だ。しかし本人にとっても、ここが挑戦の場であるのは確かだろう。初めて加入したリーグで、何もかもが初体験なんだからね。僕たちが手助けできることはわずかで、ほとんどのことは本人が適応していかなきゃならない。せいぜい話しかけてあげたり、スケジュールを調整したりしてあげるくらいしか僕たちにはできないんだ。

時間が許すときは、大谷は食事にも出かけているよ。仲間であることを実感してもらうために誘っているんだ。派手に騒いだりする ことはまったくないね。今は週に1回のペースで先発しているし、週に2回投球練習という日々だから」

どんなに大変な仕事でも、大谷のような特別な選手のデビューに関われるなら、やる価値がある。

「彼を迎えるにあたり、スプリング・トレーニング前に投手たちとよく話し合った。"柔軟に"という言葉がキーワードとなり、最初から投手たちはその言葉通りに動いてくれた。チームとして勝ちたいし、優勝したい。大谷が加わることでそれに近づけるなら、メンバーは喜んで柔軟な対応をするというわけさ」

聞き上手でもあるというナギーだが、投手の力を見極めるのがもっとも重要な仕事だ。大谷を見て、彼は何を思ったのだろう。

「体格と動きの滑らかさが素晴らしい。150㎞以上のファストボールを持ち、カー ブもスライダーもいい。それに驚くべきスプリットも持っている」

スプリット──分けるという意味で言えば、投球と打撃の練習時間を分けることは可能なのだろうか。ナギーはこれまで大谷を見てきたものの、まだ試行錯誤の段階だと認める。

「できない理由は見あたらないし、彼ならきっとできるだろう。でも1シーズンは長いので、どういう影響が出るかは未知数だし、時間の経過とともに、本人がどう適応していくかを見ていきたい」

そしてエンゼルスが目の当たりにするのは、大谷に対して様々な策を練ってくる打者たちの姿だ。彼らは球を観察し、どうにか隙をつくべく、まだ見つかっていない弱点を探そうと躍起になっている。

「色々な適応が必要になってくるけど、彼には教科書通りの野球が染みついているからね。できることとできないことをよくわかっていて、どこを修正すべきかもわかっている。これからシーズンが進んでいくにつれて、必要に迫られれば彼も適応するだろう」

アメリカでの生活もまだ慣れないだろうが、なじめるように大谷は努力している。  

投手たちと一緒に過ごす時間が多いのは、やはり同じ立場の選手に親近感があるからだろう。

「試合中、彼らはダグアウトでずっと一緒に座っているね。でも大谷が明らかに周り と異なるのは、その日打者として出ている場合もあるということだ。だから疑問が出 てきたときは、適切な相手に質問しに行っている」

驚いたことに、大谷は返事ができる程度には英語も理解している。

「通訳はついているけど、彼は思ったより英語をわかっていて、会話は難しくない」ナギーはコミュニケーションについてそう語る。「僕の日本語よりもよっぽど英語を理解している。何かを話題にしているときは、きちんとテーマを把握しているよ」

メジャー開幕後1カ月は、大谷翔平がもっとも注目を浴びていた。対アスレチックス戦で7回に入るまでノーヒットに抑えた投手が、本当にあのスプリング・トレーニングのときの新人と同一人物なのだろうか?

もちろん、イエスだ。礼儀正しく陽気で、いつも笑顔の新人は、鋼のように強い意志で投打の双方に励んでいる。

「誰とでも打ち解けているし、誰にでも話しかけている。素晴らしいチームメイトであり、類まれな才能の持ち主だ。こんな選手を間近で見られるなんて、恵まれたことだよ」

 

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