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温泉巡りのために辞職します...「全国3000湯の旅」に出た元会社員のその後

高橋一喜(温泉ライター)

2023年08月31日 公開

 

3016湯の旅に出発

そうして、2008年3月、私は「日本全国3000湯」を目標にして旅に出発。結果、386日かけて3016湯をまわった。

旅のために用意した資金は、約500万円。こつこつ貯めてきた貯金だ。車中泊もできる中古のワゴン車の購入費は80万円ほど。1湯の入浴料金が平均400円だとしたら、それだけでも120万円かかる。食費や宿泊費、ガソリン代もかかる。予算内で3000湯をめぐるなら、約1年がタイムリミットだった。

そこから逆算すると、1日に8湯以上まわらなければならない。移動もあるから1日8湯は簡単ではない。朝から晩まで休みなく入浴し続けてようやく達成できるような目標だった。

最初の2~3週間は1日5湯ほどしかまわれず、しかも湯あたりに苦しんだ。先行きに不安を覚えたが、慣れてくるとコンスタントに1日8湯はまわれるようになり、さまざまな温泉との出会いを純粋に楽しんだ。

とはいえ、もう一度、同じ旅をしたいかといったら、答えはノーだ。やはり、温泉はゆっくりとつかるから気持ちいい。今は無謀なスケジュールで温泉めぐりをすることはない。いい温泉に腰を据えてつかるのがお気に入りのスタイルになっている。

そういう意味では、一気に全国の温泉をまわったのは正解だったのかもしれない。もし会社を辞めずに週末を使って温泉めぐりをしていたら、相変わらず今もせっせと全国の温泉をまわっていたかもしれない。

それはそれでよいのかもしれないが、集中的にまとめて全国の温泉を知ることができたのは、今の心の余裕につながっている。目ぼしい温泉にはすでに入浴したので、あとはまだ訪ねられていない温泉や気に入った温泉のリピートに専念できる。

なにより旅の成果として大きかったのが、全国の温泉を体験したことによって、知見を広げ、深めることができたことだ。今、温泉ライターとして温泉の情報や魅力を発信できているのは、この旅の蓄積があるからだ。

逆説的だが、好きな「温泉」にこだわり、やりきった経験があるから、その後の人生で他のことに執着せずにいられる。「温泉を究めるにはどうすればいいか?」というように、常に温泉を判断軸にしてきたからこそ、他の選択肢を捨て、とらわれずに済んでいるのかもしれない。

【高橋一喜(たかはし・かずき)】
温泉ライター。千葉県生まれ。上智大学卒業後、2000年ビジネス系出版社に入社し、経営者向けの雑誌やビジネス書の編集に携わる。2008年3月、温泉好きが高じて会社を辞め、「日本一周3000湯の旅」に出発。386日かけて3016湯を踏破。現在はフリーランスとして書籍の編集・ライティングに携わるかたわら、温泉ライターとして活動し温泉の魅力を発信している。2021年東京から札幌に移住。著書に『日本一周3016湯』『絶景温泉100』(ともに幻冬舎)、『ソロ温泉―空白の時間を愉しむ―(ICE新書)』(インプレス)などがある。『有吉ゼミ』『ヒルナンデス!』『あさチャン!』『マツコ&有吉かりそめ天国』などメディア出演多数。

 

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