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松下幸之助は「税金」をどのように考えていたのか

PHP研究所経営理念研究本部

2012年07月12日 公開 2022年05月16日 更新

松下幸之助は「税金」をどのように考えていたのか

 何度も高額納税者日本一になった松下は、月刊誌『Voice』1986年3月号で、以下のような論考を寄稿しています。発表当時とはもちろん経済環境が異なっており、デフレ経済下にある現代日本において、松下が存命であったなら、どういった提言・発言をしたかは本人のみぞ知るところですが、実体験を元に構成された本内容には、今の時代にも通じる見方・考え方、そして本質をつく論点が提起されています。

 

国の「勘定」、人の「感情」

国家運営の要諦は人情の機微に即した税制度にある

(前略)昨年私は、16年ぶりに多額納税者日本一ということになったのですが、その時マスコミの方々から求められるままにその感想を一言、次のように述べました。

 「私が常に感ずるのは、わが国の所得税は極めて高いということ。国民が一生懸命働いて稼いだお金だから、それを使う喜び、楽しみがもっとあってよい。これだけ税金をとれば、徳川時代だったら、一揆が起っているのではないか」

 これは、私の率直な実感でしたが、このような思いを、私だけではなく多くの方々が抱いておられたからでしょうか、そのあと、「そのとおりだ」「よく言ってくれた」といったお便りをたくさんいただき、反響の思いがけない大きさに、私自身驚いたものでした。

 改めていうまでもなく、税制や税率を適正に決めるということはきわめてむずかしいことだと思います。税をとらなければ国の運営はできませんから、税金の必要性については誰も否定しない。けれども、それをどんな制度のもとでどの程度負担するのかということになれば、人それぞれにさまざまな意見が出てきます。そうした立場や意見のちがいを総合的に勘案して、大方の国民が納得して税を納めることができるよう、制度なり税率を定めていくのは、実際、容易なことではありません。しかし、それをいかにうまくやるかということが政治に求められるのではないでしょうか。

 私もこれまで、税金については相応の関心をもち、いろいろ見聞したり、みずから体験し考えてきたことが少なからずあります。立場上、税を納める側からの見方、考え方が主ですが、その1つは今から60年以上も前、私が独立して商売を始めて間もない頃の話です。

 当時の税金は、大きい事業をやっているところはもちろん税務署から調査にきましたが、小さいところは申告者を信用して、「あんた、なんぼ儲けました?」「これくらいです」「よろしい」ということで、その金額に応じた税金を納めるというようになっていました。そんな慣習に従って、私は初めの頃、何を考えることもなく、儲かった金額をそのとおり申告し、納税していました。3百円儲かった、千円儲かったと、一応の説明を加えて毎年納めていたわけです。ところがそのうちに金額が次第に大きくなってきて、1万円、2万円を申告するということになってきました。すると今度は税務署の方でもそのまま受けつけてはくれません。「会社も大きくなったようだし、今度はあんたのところへも調査にいこう」ということになりました。そして実際に調査を受けてみると、それまで正直に申告してはいましたが、見解の相違があって、申告以上に利益があがっており、再調査に来るというのです。私は、えらいことになった、と思いました。

 「確かに店は大きくなった。しかし、こんなことなら、それは内緒にしておいて、正直にこれだけ儲かったなんて言わなければよかった」

 私はこのことが気になって2晩ほど眠れませんでした。しかし、3日目にふとこう思ったのです。

「まてまて、ぼくがこれだけ儲けたといったところで、このカネはもともとぼくのものではない。いうなれば世間のカネ、世の人びとの共有財産である。自分のカネであればたくさんとられるのはかなわんけれども、もともとぼくのカネではないのだから、それを税務署がなんぼとろうとご自由や」

 そこで「結構です。そちらの思うとおり調べて下さい」と言って、気持よく再調査に臨むことができたのでした。

 それからも私はずっとそう考えてやってきました。こっちもウソを言わないかわりに、向うもムチャを言わない。そのうちに、いつの間にか理解ある納税者の一人と言われるようになりました。

  2つ目の話は、やはり私が若い頃にある人から聞いたことですが、明治政府ができて、初めて所得税が設けられたときのエピソードです。当時、大阪ミナミの宗右衛門町に富田屋という一流のお茶屋がありました。その富田屋に、ある日、大阪の名高い町人というか、いわゆるお金持ちが招待されたというのです。

 お金持ちたちは、招待とはいうものの、今日よりもはるかに強い権力をもっていたお役所からの招きです。いったい何ごとかと不安な気持を抱きつつ、かしこまって座敷に座っていました。そこへ出てきたのが税務署長とおぼしき人物。その人は正面の床の間を背にした席ではなく、いわゆる末席にピタリと座って、「本日、わざわざお越しいただいたのはほかでもありません。明治政府になって、日本の発展のために、こういう国家事業をやらなければなりません。つきましては、このたび皆さんの収入に応じて所得税というものを新たに納めていただくことになりました。ついてはよろしくお願いしたい」とあいさつし、丁重にもてなしたというのです。

 私自身の印象に強く残っている税についての2つの話を紹介しましたが、こうした個人的な感懐はともかくとして、税制度なり税率について大事なことの1つは、それがどれだけ国民の心情に即したものであるかということだと思います。

  初めにも述べたように国家を運営していくためには、税金が不可欠です。国民が納税の義務を果すことによって、国の財政が成り立ち、運営が行われて、個人の福祉向上も社会の発展もはかられる、だから納税は国民の義務である。そのことは、国民の大多数が理解していると思います。しかし、自ら汗水たらして儲け、しかも、一度ふところに入ったお金を出すというのは、感情面で、なかなか割り切れないのが神ならぬ人間というものではないでしょうか。

 人間には欲があります。多少なりとも儲かると思うからこそ、一生懸命に働こうとするのでしょう。働いたあとから、鵜飼いの鵜のように、その稼ぎをどんどん税金でもっていかれたのでは、働く意欲も萎えてしまいます。私は、人間が本来もっているこの欲望を、抑えるのではなく適切に満たしていくのが、政治の要諦の1つであると思っています。税制や税率を決める場合も、このことが基本ではないでしょうか。すなわち、国民の働く意欲をますます高める形で、税金をとるようにしなければならない。もし税金が、人情に即さないような苛酷なものになれば、誠実に働くのがバカらしいという風潮が生れてくるでしょうし、そうなれば、国民個々人の幸せも社会全体の発展も高めていくことはかないません。ですから、どの辺にその限度があるのかをよく見極めていくことがきわめて大切でしょう。

 また、税を徴収する態度や方法も問題です。明治維新時の税務署のように接待せよという気は毛頭ありませんが、国民が気持よく税金を納められるように、人情の機微にふれる態度や心配りをすることが、今日においてもやはり必要なのではないでしょうか。つまり、国の“勘定”と国民の“感情”とをうまくかみあわせ、2つの動きのアヤというものをよくわきまえてやっていくことが必要だと思います。そうでなければ、“勘定”と“感情”が悪循環をくり返さないとも限りません。

 わが国はいま、財政面で大きな危機を迎え、国の“勘定”が合わなくなってきています。このままいけば遠からず、わが国の財政は行きづまってしまうでしょう。そうならないために、効率のよい国家運営の方法を考えるとともに、さらに国民の“感情”に配慮し、国民が生き生きと活動できる人情に即した税制というものを生み出していかなければならない。(中略)このようなことを考えるのですが、皆さんは如何思われるでしょうか。

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