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明治天皇 自ら体現された「無私のまこと」

2012年07月27日 公開

中西輝政(京都大学名誉教授)

『歴史街道』2012年8月号より

明治神宮

自ら体現された「無私のまこと」こそ、明治の精神だった

「目に見えぬ 神にむかひてはぢざるは 人の心のまことなりけり」

権力者には常に厳しい倫理を持って相対し、国民には自愛に満ちた御心で臨まれた明治天皇。それは日々祈りを捧げられ、御製を通じて御心を磨かれ、すべての問題を我が事として考え悩まれたがゆえに、到達し得たご境地であった。

「私 」をなくし、全身これ「公 」であろうとされた明治天皇のまことの御心こそ、日本史上に輝く「明治の精神」の核心なのである。

 

「公」の心を忘れた腐敗や不正義は断じて許さず

 明治45年(1912)7月30日、明治天皇が崩御されてから、今年で100年になります。

 最近では、明治天皇がいかに生き、いかに時代を作ってこられたかを、あまり知らない人も増えてきてしまいました。これは日本という国にとって大きな問題です。今日の日本を築いたあの時代の中心におられた明治天皇が、どのようなことをお考えになり、どのようなことをなさったのかがわからなければ、明治という時代に最大限に発揮された日本人の美質と、日本文明の本質を十分に理解することができないからです。

 今から100年前、明治時代を生きた多くの人々は、明治天皇の威厳と共に慈愛に満ちた雰囲気と、まるで古武士のような剛毅さに、憧れを寄せていました。平たく言えば、明治天皇の中に「最高の男ぶり」を見て取っていたのです。ある意味では、天皇と国民との距離が、その後のどの時代よりも近かった、といえるでしょう。

 天皇の、この慈愛と剛毅さの両面は、御肖像や10万首にものぼる御製(天皇が詠まれた和歌)、そしてより公式的な詔勅の文章の中にさえ表われています。それらの積み重ねが明治という時代のイメージを大きく規定しているともいえます。

 明治天皇は、いかにしてこのような天皇となられたのでしょうか。

 まず、明治天皇に大きな影響を与えられたのが、父帝 〈ちちみかど〉 ・孝明天皇です。特に重要なのは、孝明天皇が、「日本のかたち」を極めて重視されていたことでしょう。

 長い歴史の中で日本人が作り上げてきた「日本のかたち」は、「万世一系の天皇が、『精神的な規範』となり『権力の源泉』ともなるかたちで統治する国」というものでした。現実の政治権力のあり方は、時に摂関政治、時に幕府政治というように時代によって様々ですが、どの時代の摂政も関白も将軍も、任命しているのは天皇です。そして天皇は同時に、国と民のために祈り、日本の精神的規範を体現する存在でもあります。つまり日本においては、権力と祭祀と道徳が「天皇」という1つの軸で貫き通されてきたのです。

 ですから、時の権力が「公」の心を忘れて、政治をあまりに「私」し、嘘や裏切り、腐敗の横行などを招くと、それはすぐに「日本の精神的規範」を正面から傷つけることに直結してしまいます。幕末の状況を見て、孝明天皇が心配されたのもまさにそのことでした。

 嘉永7年(1854)に日米和親条約が締結された後、総領事として下田に赴任したタウンゼント・ハリスが日米修好通商条約の締結を求めます。幕府は当初、条約締結の勅許を求めますが、孝明天皇がそれを拒まれると、幕府は勅許なしに条約を締結。その後は居直って京都の公家たちを買収しにかかりました。

 このような嘘や不正義を放置したら、やがてそれが社会全体にも広がり、国民の道徳心が地に堕ちてしまう――そのことを孝明天皇は強く懸念されたのです。政 〈まつりごと〉 を司る者の腐敗や不正義を、許すことがあってはならない。その毅然たる御心を、明治天皇はたしかに受け継がれました。

iyashi

著者紹介

中西輝政(なかにし・てるまさ)

京都大学名誉教授

1947年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て京都大学大学院教授。2012年退官し現職。専門は国際政治学・国際関係史、文明史。1997年『大英帝国衰亡史』(PHP研究所)で毎日出版文化賞・山本七平賞受賞。2002年正論大賞受賞。
著書に『日本人としてこれだけは知っておきたいこと』(PHP新書)『帝国としての中国』(東洋経済新報社)『日本の「死」』『日本の「敵」』(以上、文春文庫)『本質を見抜く「考え方」』(サンマーク出版)など多数がある。

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