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養老孟司×畠山重篤「山と川に手を入れれば、“漁業”は復活する」

養老孟司(解剖学者)

2012年09月03日 公開 2022年10月27日 更新

広葉樹林と鉄分が海の生物を育てる

【畠山】私たちの活動の転機になったのは、たまたま見たNHKの番組でした。

北海道の日本海側で起きていた、海藻が枯れて岩肌が真っ白になってしまう「磯焼け」は、海水中の鉄分濃度が低下することによって起きると、北海道大学の松永勝彦教授(現名誉教授、四日市大学特任教授)が解説されていたのです。

それを見た私は、すぐにNHKに問い合わせて松永先生に連絡をとり、その晩の寝台列車に飛び乗って北海道に向かいました。

松永教授によると、海の食物連鎖の基となっている植物プランクトンや海藻の生育には、陸上の木や草と同じように肥料分(窒素、リン、ケイ素)が必要で、そのほかにも、ごく微量のミネラルが必要です。

その中でも鉄分が特に海水中では不足していて、湧昇流という、海の深層の水で窒素やリンなどの栄養塩類を高濃度に含んだ海流がわき上がっている水域でも、鉄分が不足しているためにプランクトンが増殖できない海域があるといいます。

植物は先に鉄分を体内に取り入れないと、窒素を取り込むことができない構造になっています。海水中の鉄分と生物はそのぐらい重要な関係にあるんです。

では、鉄分はどうやって海に運ばれるのかというと、もともと川の流域の森の土や岩石の中に含まれていたものが雨によって海に運ばれるんです。

ただ、これにも条件があります。水の中では鉄は粒子鉄という状態で存在し、そのままでは大きすぎて植物の細胞膜を通過できず、吸収されません。粒子鉄から少しずつ鉄イオンの形で溶け出していくと、植物はこれを吸収できるようになるんです。

しかし、溶けるスピードが非常に遅いため、鉄分が高濃度に供給されない海では、たちまち鉄不足になります。また、鉄は酸素と出合うと酸化して、海の底に落ちていってしまいます。

ところが、木の葉が落ち、堆積して腐食が進むと、その分解過程でフルボ酸という物質ができ、これが鉄イオンと結びつくと、フルボ酸鉄になります。この形でなら、植物は直接吸収できるんです。

広葉樹林では、毎年、たくさんの葉が落ち、腐葉土層ができます。このことが、沿岸の植物プランクトンや海藻の生育に重要な働きをしていると、松永教授は解説してくれました。

そして、「よいカキを養殖するために山に広葉樹を植えるという活動はとても理にかなっている」と励ましてくれたのです。

その後、松永先生に気仙沼の海の調査をしていただきました。

気仙沼湾ではカキ、ホタテ、ワカメ、コンプなどを養殖しており、だいたい年間で20億円ぐらいの生産高があるのですが、そうやって生産されるものの9割方、つまり18億円に相当するものは、森からもたらされる養分によって育てられているといいます。太平洋の力は1割にすぎません。そのぐらい川の力はすごかったんです。

この研究成果は、新月ダムが海の生物生産に大きな打撃を与えることを証明しました。

そもそも、人口が減少していた気仙沼市に新たな多目的ダムをつくる緊急性も乏しく、新月ダム計画は凍結され、やがて中止となりました。

今では赤潮が発生することもほとんどなくなり、気仙沼湾はかつての豊饒さを取り戻しました。

 

【PROFILE】養老孟司・解剖学者

1937年、鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年、東京大学医学部教授を退官し、同大学名誉教授に。1989年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。
著書に『唯脳論』(青土社、ちくま学芸文庫)『バカの壁』(新潮新書)『読まない力』『本質を見抜くカ――環境・食料・エネルギー』(竹村公太郎との共著)(以上、PHP新書)『環境を知るとはどういうことか』(岸由二との共著、PHPサイエンス・ワールド新書)など多数。

 

【PROFILE】畠山重篤・養殖漁業家

1943年中国上海生まれ。三陸リアス式海岸に位置する宮城県気仙沼湾でカキやホタテの養殖業を営む。フランスのロワール川などを訪ねた体験を経て、森、川、海の関係に目を向ける。89年に「牡蠣の森を慕う会」を仲間とともに立ち上げ、漁民による植林活動を続ける。2005年より、京都大学フィールド科学教育研究センター社会連携教授。09年、特定非営利活動法人「森は海の恋人」を設立、理事長に就任。12年、国連の「フォレストヒーローズ」に選出。同年吉川英治文化賞受賞。
著書に『日本〈汽水〉紀行』(日本エッセイスト・クラブ賞受賞)『鉄が地球温暖化を防ぐ』(以上、文藝春秋)、『鉄は魔法つかい』(絵はスギヤマカナヨ、産経児童出版文化賞・産経新聞社賞受賞、小学館)、『カキじいさんとしげぼう』(絵は徳田秀雄、講談社)など。

 

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