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楠木早紀・競技かるたクイーンのメンタル術

2016年05月09日 公開

楠木早紀

PHP新書『瞬間の記憶力』より》

楠木早紀・競技かるたクイーン

 

記憶力、集中力、かけひき、瞬発力、メンタルの強さ

強くなるための5つの要素

 競技かるたで勝ち抜くには、日々の練習で5つの要素を積み上げていくことが大事です。その5つとは、記憶力、集中力、かけひき、瞬発力、メンタルの強さです。

 まず、記憶力で大切なのは、なんといっても「瞬時の暗記力」です。

 札を並べ終えたあとの15分間で、自陣と敵陣に並んだ50枚の札の場所をすべて、しっかりと暗記するのです。

 けれど、競技が始まると、どちらかが札を取るたびに札の位置が変わります。札が移動するたびに、その位置を覚え直さなければなりません。このとき問われるのは、刻々と動いていくものを記憶する能力。つまり、「動体記憶力」です。

 集中力で大事なのは「感じの速さ」。上の句が読み上げられた瞬間、1音目を正確に聴き取る能力です。また、大会で優勝するには1試合約90分を1日6~7試合こなす気力と体力や、前の試合の記憶を削除する「頭の切り替え」も、集中力を維持するために欠かせません。

 かけひきとしては、「送り札」があります。敵陣の札を取ったときや、相手がお手つきをしたとき、自陣の札を相手に1枚送りますが、このときどの札を送るかが、一般的にはかけひきの重要な要素とされています。

 また、競技かるたでは、双方がほほ同時に出札に触ったときには、どちらが先かを競技者同士で話し合うのが基本です。「自分の取りである」と相手が納得するような主張や、キリのいいところで相手に譲る「引き際」も、かけひきとして重要です。

 瞬発力とは、上の句が読み上げられたら瞬時に札を取りにいく反射神経、相手の隙を見逃さずに衝く一瞬の直感力や判断力などです。

 一瞬の速さを競って手と手が激突し、突き指や靭帯損傷、ひどいときには指を骨折することもあります。私も、小指の靭帯が傷ついたまま大会に出場したことがありました。「みそひともじ」の雅な世界でありながら、やっていることはスポーツと同じで非常に激しい。そのため、競技かるたは「畳の上の格闘技」ともいわれます。

 メンタルの強さとは、お手つきをしたときや相手に押されているとき、平常心を保つ気持ちの強さです。

 苦戦のときには自らを奮い立たせ、優位に立ったときには気持ちをグッと引き締める。自分自身を冷静に客観視する強い精神力が、勝敗を左右するのです。不利な状況に追い込まれたときの脱出法も、自分なりに用意しておかなければなりません。

 

札の好き嫌いに振り回されない

 「楠木クイーンの好きな札は何ですか?」

 クイーン戦の取材を受けているときや、かるたの普及活動をしているとき、必ず聞かれるのがこの質問です。じつは、私には好きな札も嫌いな札もないのですが、「ありません」と言うのもどうかと思い、

 「早紀の『さ』で取れる『寂しさに』が好きです」

 と、お答えしています。

 実際に、自分の名前の最初の音で始まる札は、その音に聴き慣れていて非常に速く取れるから好きだ、と言う人もいます。

 また、「い」と「や」のように聴き分けにくい音から始まる札は、お手つきしやすいので、あまり良いイメージが持てない、と言う人もいます。

 人間ですから、好きな札、嫌いな札があるのは当然だと思いますが、私の基本的なスタンスは「どの札も均等」。札の好き嫌いをつくらないよう、自己暗示をかけています。

 なぜなら、嫌いな札には苦手意識が生まれてきて、試合のときその札が気になってしまうからです。これまでの自分の試合データを見ても、お手つきする札はだいたい決まっているので、すべての札をフラットに見られるよう注意しています。

 その逆に、好きな札があると、「この札だけは絶対に取る!」というヘンなこだわりが生まれたり、送り札をするとき好きな札に引きずられてしまう危険性があります。

 私は、それで一度苦い思いをしたことがありました。

 B級(二段)だった頃、ある試合の最終盤で残り札が2-2の競り合いになり、そこから私が敵陣を抜き、送り札を1枚送ろうとしたときのことです。手元の札は、「秋の田の」と「淡路島」でした。

 淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に いくよ寝ざめぬ 須磨の関守 (源 兼昌)

 『源氏物語』の主人公・光源氏が須磨へ都落ちしたときの、わびしい心境に想いを馳せたこの歌は、父が大好きな歌でした。

 どちらの札を残そうか、とても迷いました。敵陣に送った札が次に詠まれれば、距離的に近い相手のほうが有利になるからです。特に、このときのように最終盤で競り合っている場合は、その札が詠まれるかどうかで勝負がかなり左右されてしまうのです。

 迷いに迷った末、父の好きな「淡路島」を残して、「秋の田の」を相手に送りました。

 次に詠まれたのは「秋の田の」でした。その札を相手が取り、私は負けました。

 普段の私なら、歌の意味や詠み人のスケールの大きさを考えて「秋の田の」を残していたはずです。

 でも、どちらを送るか決めかねているとき、会場にいた父の顔をふと見てしまい、「淡路島」を手元に残してしまった。「お父さんの好きな札」にこだわったばかりに、私は負けたのです。

 このときを機に、「札の好き嫌いに振り回されるのは絶対にやめよう」と心に誓いました。

 特定の札に思い入れがあるのが、いいことなのか悪いことなのか断言はできませんが、競技という視点に立てば、「この札が好きだから……」と思うのは、50枚のなかの1枚に振り回されていることになります。

 私にも「素敵だな」と思う歌はいくつもありますが、鑑賞と競技とはまったく別のものです。文学作品として好きな札でも、競技のなかでは他の札と同じだと考えています。

iyashi

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