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創造的な仕事は「こだわり」をなくした先に生まれる

2011年02月24日 公開

《 宮本武蔵:著/渡辺 誠:編訳『[新訳]五輪書―自己を磨き、人生に克つためのヒント』 より 》

一  此(この)一流、二刀と名付る事

 二刀と云出(いいいだ)す所、武士は将卒共にぢきに二刀を腰に付(つく)る役也。昔は太刀、刀と云、今は刀、脇差と云。武士たる者の此両腰を持事、こまかに書顕(かきあらわ)すに及ばず。我朝(わがちょう)に於て、しるもしらぬも腰におぷ事、武士の道也。此二つの利をしらしめん為に、二刀一流と云也。鑓(やり)、長刀(なぎなた)よりしては、外の物と云て、武(いくさ)道具の内也。一流の道、初心の者に於て、太刀、刀、両手に持て道を仕習ふ事、実(まこと)の所也。一命を捨る時は、道具を残きず役に立たきもの也。道具を役に立てず、腰に納めて死する事、本意(ほい)に有べからず。

【訳】この流儀を二刀の流と名づけること
「二刀」を唱える理由は以下のとおりである。武士は大将も士卒も、二つの刀を腰に直接付けている。昔は太刀(刃を下に向けて腰に吊るして佩(は)く刀剣)と刀(打刀・刃を上に向けて腰に帯びる刀剣)、現在は刀と脇差を二刀としている。武士たる者、この大小の刀、すなわち両腰を持つことは今さら喋々(ちょうちょう)するまでもない。日本のさむらいは、そのいわれを知ると否とにかかわらず、二刀を腰に帯びることになっている。私はこの二刀の利点を知らしめる意を用いて、「二刀一流」(「二天一流」と称するのが一般的)といっている。槍や長刀などは合戦に用いる武器であり、「外物(とのもの)」と、剣術の立場からは称している。私の流儀では、太刀(この場合は単に「大」の刀の意)と刀(「小」の刀)とを両手に各々持って習うことにしているが、このほうが実利にかなっているからだ。一命をかけて戦うときは、もてる道具を使い残すことなく、役立てたいものだ。道具を役に立てず、腰に納めたまま死ぬのは、武士として本望ではないはずだ。

【解説】
 刃の長さ約60センチを超える刀(打刀・うちがたな)と、60センチ未満・約30センチ以上の脇差とを腰に帯びる習俗が生まれたのは武蔵誕生の前後、天正年間(1973~92) のことと考えられている。それ以前は、ここにも述べられているように、刃の長さ90センチを越える太刀を佩き、刀を差す習いであった。間もなく慶長年間(1576~1615)になって、日本刀史にいう「新刀」期に入ると、武士の間に刀・脇差の「大小」の習俗がほぼ定着している。
 武蔵の二天一流兵法は、大小の二刀を用いる剣法の嚆矢(こうし)とされる。
 では、なぜ二刀流を創始し、唱道したのか、ということについて明確に説いているのが、この条以下の文章である。
 武士は二刀を帯びているものであるから、いずれも役立てるのが自然であり、そのためにはこれを遣いこなす習練を積むべきこと。そして、両刀を遣いきらずに戦いにおいて死ぬのは、武士として本望であろうはずがない、とここでは大所高所から論じているのである。
 刀は武士の表道具だ。武士を武士たらしめているスピリッツ、メソッド、スキルが集約されているのが、刀である。
 自分の持っている、そういう意味での「道具」を残さず役立てることの合理性を、そこに学ぶことができる。

 然共(しかれども)、両手に物を持事、左右共に自由には叶ひがたし。太刀を片手に取習せん為なり。鑓、長刀、大道具は是非に及ばず、刀、脇差に於ては、いづれも片手にて持道具也。太刀を両手にて持てあしき事、馬上にてあしゝ。かけ走る時あしゝ。沼、いけ、石原、さかしき道、人ごみにあしく、左に弓、鏡を持、其外何れの道具を持ても、みな片手にて太刀をつかふものなれば、両手にて太刀を構ゆる事、実の道に非ず。若(もし)片手にて打ころし
がたき時は、両手にても打とむべし。手間の入る事にても有ぺからず。先(まず)片手にて太刀を
振り習はん為に、二刀として太刀を片手にて振覚ゆる道也。人毎に初てとる時は、太刀
おもくて振廻しがたきものなれ共、万(よろず)初てとり付時は、弓も引がたし。長刀も振りがた
し。いづれも其道具々々になれては、弓も力づよくなり、太刀も振つけぬれば、道の力を
得て、振よくなるなり。太刀の道と云事、はやくふるに非ず。第二水の巻にて知るべし。

【訳】しかも、両手で物を持つのは、左右の手を共に存分に振るのに、難があるものだ。
そこで、太刀を片手で遣う習練をしておかせようというのである。槍や長刀といった大きな道具ならば仕方がないが、刀、脇差は、いずれも片手で持つ道具なのだ。太刀を両手で持つと、具合が悪い状況がある。馬上にあるとき、走るとき、また、沼地や湿地や小石の多い平地、険しい道、人が密集している場所では、具合悪いのである。左手に弓、槍、他の道具を持つには片手で太刀を遣うことになるから、両手で太刀を持って構えることを教えるのは、実戦の利に悖(もと)るものというほかない。もしも片手に太刀を持って相手を切り殺すことができないときは、両手を柄にかけて仕留めればよいのであって、それに手数のかかることはあるまい。だから、私の流儀では、太刀を片手で遣うことを習得させることにしているのだ。初めて片手で遣うときは、誰しも重く感じて、振り回すのに難渋するものだが、それは万事にいえることだ。初めて手にとるときは、弓にしても引くのがむずかしいし、長刀にしても振り回し難い。しかし、どのような道具でも、慣れれば、そうでなくなる。弓も力強く引けるようになる。太刀も振り慣れれば、太刀の道筋を通る効力により、振り良くなる。この「太刀の道」という、太刀は速く振るものではないという理のことは、第二巻「水の巻」で知ってもらいたい。

【解説】
 世に「寛永御前試合」というものがある。三代将軍・家光の治世の寛永年間(一六二四~四四) に、時の錚々たる「剣豪」たちが将軍の御前に一堂に会し、丁々発止と剣を交えて戦った試合として伝えられている。
 このようなフィクションが生まれるほどに、将軍自らが兵法に関心を深くしていたこともあって、そのころは剣術の黄金期の様相を呈していた。
 そういう世にあって、武蔵が打ち出した二刀による兵法は、いかにも清新、かつ刺戟(しげき)的であった。彼の名は「二刀遣い」の呼称とともに諸侯の耳目に触れることとなり、一見するところでは奇妙に映るその剣法を、面前に披露させる大名が少なくなかったのである。
 この条では、両手打ちの刀法の非合理性を様々な角度から指摘することで、その二刀遣いの合理性を論じている。そして、片手打ちに習熟しておけば、両手打ちはおのずから容易になる道理だ、と述べている。
 ―― コロンブスの卵
 という言葉がある。
 誰にも可能なことでも最初に敢行することのむずかしさをいう語だが、武蔵の二刀流発明がこのことに通じるものであることを、その論述から知ることができよう。
 では、「卵を立ててみよ」といわれたとき、あとでコロンブスがしてみせたように、卵の尻をつぶして立てる発想は、いかにして生まれるのだろうか。
 ―― よろづに依怙(えこ)の心なし
 武蔵の『独行道』(前出)の中の一条が、一つのヒントになる。「依怙」とは、今風にいうと、「こだわり」 のことである。
 刀は両手で遣う道具、というこだわりを払い去ったところに、武蔵の二刀流発想のタネはあったに相違ない。
 口でいうほど簡単なことではないが、すべて創造的な仕事は、こだわりをなくしたその先に生まれるようである。

編訳者 : 渡辺誠(わたなべまこと)
1945年、台湾・高雄生まれ。九州大学法学部中退。週刊誌記者を経て、文筆業。
著書は、『日本剣豪こぼれ話』(日本文芸社)『ぶ器用「武蔵」からの贈物』(東急エージェンシー)『勝者への指南書』『〔抄訳〕葉隠』(以上、PHP研究所)『日本史おもしろ謎学』(永岡書店)『宮本武蔵 剣と人』『幕末剣客秘録』(以上、新人物往来社)『宮本武蔵七つの謎』(新人物往来社・共著)『宮本武蔵 真剣勝負師の生きた道』(体育とスポーツ出版社)『剣豪伝 地の巻』(講談社文庫・共著)『禅と武士道』『刀と真剣勝負』(以上、KKベストセラーズ)などがある。

書籍紹介

[新訳]五輪書 - 自己を磨き、人生に克つためのヒント

『[新訳]五輪書 - 自己を磨き、人生に克つためのヒント』

宮本武蔵:著
渡辺 誠:編訳
税込価格 1,050円(本体価格1,000円)
生涯不敗の宮本武蔵が著した五輪書。「地」「水」「火」「風」「空」の5巻からなり、武蔵自らの修業の集大成として、書き上げたといわれている。
兵法書として知られる同書の115項目に、平易な訳文と解説を加え、現代の仕事観や人生観を考える際にも役立つ一冊。

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