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ウサギはなぜ、カメに負けたのか。その敗因を生物学から解明してみる

蓮実香佑(農学博士)

2013年07月30日 公開 2022年06月07日 更新

ウサギはなぜ、カメに負けたのか。その敗因を生物学から解明してみる

慣れ親しんだ物語の展開についつい「そういうものだから」と流してしまうことは多いものです。

例えば、「『ウサギとカメ』のウサギは、なぜゴール直前で寝てしまったのだろう?」など疑問を持って見てみると、隠れた面白さが発見できるかもしれません。

農学博士である蓮実香佑氏が、次々に湧いてくるこれらの疑問を生物学的に考察していきます。

もう一度童心に返ってその世界に触れてみれば、誰もが一度は見聞きしたことのあるなじみ深い物語の新しい魅力を発掘できるかもしれません。

※本稿は、『桃太郎はなぜ桃から生まれたのか?』(PHP文庫)の内容を、一部抜粋・編集したものです。

 

童話の謎を生物学で解く

幼稚園に通う我が家のサッちゃんは、おとぎ話が大好きである。最近では、サッちゃんにせがまれて、寝る前におとぎ話の絵本を読んであげるのが私に課せられた毎日の日課だ。

もう、ずっと長い間、おとぎ話のことなんか忘れていたような気がする。「桃太郎」や「浦島太郎」、「ウサギとカメ」や「三匹の子豚」。子どもの頃は、どれもよく知っていた話ばかりなのに、いつしか、どれもこれもすっかり忘れて大人になってしまった。

しかし、サッちゃんのおかげで久しぶりになつかしいおとぎ話の世界に出会うことができた。

タヌキやキツネ、オオカミなど、おとぎ話には活き活きとした生物たちが登場する。まさか本当に動物たちが人間と会話をしたとは思わないけれど、昔の人たちにとって生き物たちの世界は、今よりもずっと身近な存在としてあったのだろう。

それに比べて、現代はどうだろう。何だか、自然は私たちから、すっかり遠い存在になってしまってはいないだろうか。

昔話に登場するオオカミやカワウソは、日本から姿を消してしまった。それどころか、昔はどこにでもいたはずのメダカやカエルまで、最近では絶滅が心配されているという。

こんなありふれた生き物さえすめないような自然環境の中で、私たち人間は、これから先も本当に健全に暮らしていくことができるのだろうか。

サッちゃんをベッドに寝かしつけて、今夜も絵本を開く。

 

ウサギとカメ

<あらすじ>
足の遅さをウサギにからかわれたカメは、大胆にもウサギと山のふもとまで駆けっこをすることを提案しました。スタートからものすごいスピードで駆け出したウサギが、しばらく走って後ろを振り返ると、カメの姿はまだまだずっと遠くに見えます。

そこで、ウサギはちょっとひと眠りすることにしました。一方、カメはゆっくりですが、休むことなく着実にゴールに近づいていきます。そして、ついには、ウサギを追い越しました。寝すごしたウサギが目を覚ましたときは、ときすでに遅し。

なんと、先にゴールにたどりついたのはカメのほうだったのです。

休んで負けてしまったウサギと休まず走って勝利したカメ。「だから休まずに努力しなければならないのだよ」と最後に必ず教訓めいたことを加えるのが、このお話の定番だ。

ところが、サッちゃんはウサギに同情的だ。

「どうして、カメはウサギさんを起こしてあげなかったの?」
「それは競走だからね。起こさなくてもいいんだ」
「ウサギさん、寝なければよかったのに」

ウサギとカメが競走してウサギが勝ちました、ではお話にならないと思ったが、確かにサッちゃんが言うように、この勝負の結末はどこか謎が残る。スポーツマンシップに欠けるカメの行為もさることながら、ウサギのとった行動もどうにも不可解である。

どんなにカメとの差が開いているといっても、どうしてウサギはゴールを目前にして眠ってしまったのだろう。ゴールしてからたっぷり休めばよかったのではないだろうか。

 

カメの勝利の方程式

確かに、強いものが必ず勝つとは限らないのが、勝負事の面白いところだ。サッカーや野球の試合であれば、敵のウィークポイントを突いて作戦勝ちを収めることもあるし、マラソンならば自分のペースに引き込んで、相手のペースを乱すことで勝機を見出すこともある。

勝負事はこの駆け引きが大切なのだ。

ウサギとカメの駆けくらべも、まともにやったらウサギのほうが速いに決まっている。それにしては、カメもずいぶんと強気なのが気にかかる。もし、ウサギが途中で休まなかったらどうするつもりだったのだろう。

おそらく、カメには勝算があったのだ。そうでなければ、ウサギと駆けくらべをするという無謀な勝負に挑むはずがない。カメにはどんな秘策があったのだろうか。

驚くべきことに、カメがウサギに仕掛けたワナが童謡「ウサギとカメ」の歌詞(作詞:石原和三郎)に隠されていた。

「もしもしカメよ、カメさんよ。世界のうちにお前ほど、歩みののろいものはない。どうしてそんなにのろいのか」

ウサギがカメを挑発する1番の歌詞に続いて、2番の歌詞でカメはこう応戦する。

「何とおっしゃるウサギさん。そんならお前と駆けくらべ。向こうの小山のふもとまで、どちらが先に駆けつくか」

カメは、したたかにも、向こうの山のふもとまでの競走を申し出ている。これこそがカメの策略にほかならない。

じつは、ウサギは短距離走者である。敵に襲われるとすばしこく茂みに隠れたりする敏捷性には優れるが、長い距離を走ることは苦手なのである。カメはそれを承知で、ウサギに長距離走を持ちかけたのだ。

 

ウサギの敗因

まんまとカメの策略にはまってしまったウサギ。しかも、ウサギはこの大切なレースで致命的なミスを犯してしまっていた。

人間は走ると汗が出る。この汗が蒸発することで、体の熱を奪い体温が上がりすぎるのを防いでいるのである。ところが、ウサギは汗腺の発達が悪いので、汗をかいて体温を下げることができない。

そこで、ウサギは長い耳に風を当てることによって血液を冷やし、体温を下げているのである。そのため、ウサギは走るときには耳を立てて走らなければならないのだ。

ところが、である。「ウサギとカメ」の絵本を見ると、必ずといっていいくらい、ウサギは耳を倒して走っている。風を切ったスピード感をカメに見せつけようとでも考えたのだろうか。

しかし、これではたまらない。ただでさえ、短距離走者であるウサギが、耳に風を受けなかったのだから、体温が上昇したウサギはすぐにオーバーヒートになってしまうことだろう。

そして、ついに走り疲れたウサギは深い眠りにつかなければいけなくなってしまったのだ。せめて、見た目のかっこよさにとらわれず、いつものように耳を立てて走っていれば……。ウサギはそう悔やんだことだろう。

サッちゃんにはカメの勝因をどう伝えればいいのだろう。やさしいサッちゃんが期待したように、カメがウサギを起こしてあげるようなことはありえない。何しろ、すべてはカメによって仕組まれたことだったのだ。

サッちゃん、悲しいけれど、大人の世界はときとしてこういうものなのだよ。

 

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