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第22回「山本七平賞」 選評 および 受賞の言葉

山本七平賞事務局

2013年12月20日 公開 2022年03月02日 更新

第22回山本七平賞は、岡部伸氏(産経新聞論説委員)の消えたヤルタ密約緊急電 情報士官・小野寺信の孤独な戦い』(新潮選書)に決定しました。また、奨励賞として、渡辺惣樹氏(日米近現代史研究家)の 日米衝突の萌芽 1898-1918(草思社)が受賞されています。

( 「山本七平賞」の詳細についてはこちら )

ここに、選考委員各氏の選評と、受賞者のコメントをご紹介します。

 

【山本七平賞選評】

史料の探索と聞き取りを精力的に展開...呉善花(拓殖大学教授)

 受賞作『消えたヤルタ密約緊急電』。ヤルタ会談で「ドイツ降伏後90日以内にソ連は日本に参戦する」との密約が結ばれたという情報を、会談直後に入手して日本の参謀本部に緊急電で知らせたのが、ストックホルム駐在武官の小野寺信少将だった。これまで、この情報は日本に届いていないとも、緊急電が打たれた痕跡はないともいわれてきた。しかし実際には緊急電が参謀本部に届いていたこと、それにもかかわらず作戦課がこれを握り潰していたことが、本書によって初めて確かな事実として突き止められた。

 ソ連が参戦すれば日本敗戦は必至となる。しかし政府はソ連を仲介とする和平工作に乗り出し、陸軍はソ連参戦を想定しない本土決戦の作戦計画を立てていた。ヤルタ密約情報を「不都合」な情報として抹殺した根底には、陸軍スーパーエリートに特有な情報独占主義と官僚主義があったと著者は鋭く指摘している。

 機密情報の隠蔽がなければ時を置かずに終戦の決断がなされ、著者がいうように沖縄戦、原爆投下の惨状、シベリア抑留、中国残留孤児、北方領土喪失などの悲劇は、かなりな程度回避・軽減できただろうと思う。

 著者は国の内外に散在する膨大な史料をねばり強く探索し、多数の関係者からの聞き取りを精力的に展開していくなかで、一歩、また一歩と歴史の真実に接近していく。そのプロセスを詳細に筋道立てて綴ることで、ポー・フンドやバルト三国から「諜報の神様」と慕われ、連合国側から伝説の「インテリジェンスージェネラル」と恐れられた小野寺の、果敢な「孤独な戦い」を描き出している。

 奨励賞作『日米衝突の萌芽』。20世紀初頭のアメリカは、大西洋側ドイツと太平洋側日本から挟撃されることを何としても避けたかった。アメリカは日本の目がフィリピンに向かうことを恐れ、南満州鉄道の日米共同開発・経営を提案し、日韓併合を承認した。ドイツ敗戦後は、日本の南洋諸島統治を認めた。こうしてアメリカは西へ、西へと勢力を拡張していき、最後にフィリピンを囲い込んでいる日本だけが残った。

 日本の視点ではなく、欧米の視点から描き出していくのが本書の特徴だ。とくにアメリカの視点からの詳細な記述は、日本の視点ではまず見えてこない日本を、そしてアメリカという国家、民族、政治家の実像、アメリカ側の諸事情をすぐれて映し出している。

 

時代・場所・人物がうまくかみ合った一冊...伊藤元重(東京大学教授)

 個人的な感想であるが、歴史に関する書籍は、時代・場所・人物の3つがうまくかみ合うと、非常に面白いものになると思う。今回の受賞作、岡部伸氏の『消えたヤルタ密約緊急電』は、第二次世界大戦の時期、場所は欧州、そして人物は小野寺信という設定で、非常に面白く興味深い著作となっている。

 一般読者にとって興味深いというだけではない。それ以上にこの本で著者が情熱を傾けているのが、小野寺が独自の情報網から得た「ヤルタ密約」の存在、そしてその情報が封印されてしまった事実など、歴史の裏に隠されてしまった真実をスクープするということであった。

 スクープされた真実は驚くべきものであるが、それにたどり着くまでに著者が傾けた情熱は大変なものだ。資料を丹念にたどった軌跡が、この本から伝わってくる。

 さらに興味深いのは、この時期の欧州における小野寺を中心としたインテリジェンスの活動について詳しい記述があることだ。情報士官が欧州でどのような人的ネットワークを構築したのか、それによってどのように情報が集められたのか。表の世界からは見えにくい部分に光が当てられている。

 山本七平賞の選考委員にならなければ、おそらく読むことがなかった書籍だと思う。タイトルだけを見れば、私のみならず、多くの一般読者にはなかなか手が届きにくい本だろう。その意味では、こうした本を読む機会を与えられてよかったと思う。この時代の歴史に関心がある人だけでなく、より多くの読者層に読んでほしい作品である。

 奨励賞となった渡辺惣樹氏の『日米衝突の萌芽 1898‐1918』は、大きな構想の本である。19世紀末から20世紀初頭を中心に日米関係の展開についての分析を行なっている。ただ、日米関係ということでいえば、今回の書籍が扱った1918年までよりも、その後の展開のほうにより強い関心が引かれる。おそらく渡辺氏もこの先の時代に分析をつなげていくという意欲を強くおもちであると思う。今回の書籍も素晴らしいものであるが、将来出てくるだろうと思われる続編を楽しみにしている。

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いまこそ昭和史は「旬の季節」を迎えた... 中西輝政  (京都大学名誉教授)

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