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瀬戸内海の「島の命」を守り続ける船の病院“済生丸”

坂本光司(法政大学大学院教授),坂本光司研究室

2014年08月04日 公開 2022年07月14日 更新

瀬戸内海の「島の命」を守り続ける船の病院“済生丸”

日本に、「船の病院」があるのをご存じでしょうか。その名を「済生丸」といいます。済生丸は、日本で唯一、病院並みの機能を持つ診療船です。

社会福祉法人恩賜財団済生会(注)創立50周年の記念事業として、1962年に誕生しました。瀬戸内海の医療に恵まれない島々を対象に、巡回診療や保健予防などの活動を続け、島の人たちの命を守り続けています。

瀬戸内海には大小約600の島々が点在していますが、その多くは島内に医療機関を持たない無医島です。そのため、病気の発見や治療が遅れ、命を落とす人も多いのです。

また、島には産業が少ないため、若者は島を出てしまいます。少子化、過疎化、高齢化が進み、島のあちこちに廃屋があります。それは、やがて訪れるであろう日本の将来の姿なのかもしれません。

そんな医療に恵まれない人々が安心して暮らせるように、大和人士院長(当時)の発案で、島の医療を実践することにより「治療医学からすすむ予防医学」を根づかせたいという信念をもとに、試行錯誤を続けながら瀬戸内海検診に発展していったのです。

※本稿は、坂本光司,坂本光司研究室著『会社を元気にしたければ「F・E・D社員」を大切にしなさい』(PHP研究所)特別篇より一部抜粋・編集したものです。

 

海をわたる病院「済生丸」

済生丸は、誕生した1962年から50年以上にわたり、瀬戸内海に点在する岡山、広島、香川、愛媛の4県の島々で、巡回診療や保健予防などを目的に活動し、島の人々の命を守ってきました。

現在巡回しているのは、64島と孤島的な陸地の1地区で、岡山県が12島(15カ所)、広島県が12島と1地区(19カ所)、香川県が20島(31カ所)、愛媛県が20島(23カ所)です。

合計64の島と1地区、人口は約2万2000人。人口規模300人以下の島が全体の約7割を占めます。人口100人以下の島は全体の約37%にものぼります。広島県の小佐木島8人、情島9人、岡山県の鹿久居島は13人と人口の少ない島も数多く点在しています。

瀬戸内海の島々をめぐる日本でたった1隻しかない巡回診療船、済生丸は、別名「海をわたる病院」とも言われています。一世号、二世号、三世号と50年以上の歴史を重ねてきました。

52年目を迎えた2014年1月15日から、4代目の済生丸、通称「済生丸100」が、笠岡諸島の北木島を皮切りに診療を開始しました。船内で診療・検診を行うほか、島に上陸して診療・検診を行うこともあります。島の公民館などで健康教室を行うこともあり、島民は熱心に参加しています。

 

「済生丸」を支え続ける人々

乗船する医療スタッフは5~10名。4県の済生会の医師や看護師、検査技師などが交代で乗船しています。

船員は5名で、その構成は、船長、機関長、航海士、機関士、甲板員となっています。日々、安全第一を心がけて運航しています。以前は船員が4名だったため、家に帰るのは月に1回でした。

休みは長くても3日間しかありません。なぜなら、万一に備えて、船には必ず当直として1名が残らなければならないからです。診療に同行した際に船員が発した、「きついですよ」という言葉が重く印象的でした。

また、甲板員は調理も担当し、乗船スタッフ全員分の昼食の支度も担当しています。なかでもカレーはスタッフに大好評です。島によっては桟橋がなく、接岸するのに苦労することもあります。船が島に接岸すると、船員の人たちも高齢者の乗船を手助けします。

医療スタッフと船員の人たちが協力し合って、済生丸を支えています。4県支部済生会は、済生会の原点である「済生の心」と瀬戸内海島嶼部の医療奉仕につとめるという済生丸の理念を忘れず、全員が力を合わせて円滑な事業運営と、よりいっそうの安全運航に努めています。

済生丸を支えてくれている人は他にもいます。岡山県では、島の愛育委員の協力を得て、検診・診療を実施しています。岡山県愛育委員とは、「自分たちの市町村を、乳幼児から高齢者まですべての住民にとって健康で明るく住みよい地域にするため、行政と協力しながら活動している健康づくりボランティア」です。

岡山県に所属している島民の取りまとめ役として活躍しています。島の人たちが済生丸の検診を受けるように働きかけたり、診療をするための準備をしたり、縁の下の力持ちとして、重要な役割を担っているのです。

済生会呉病院副院長の國田哲子医師は、27年間、年に5~6回、済生丸に乗船し、社会的弱者を救済するため、厳しい環境にある離島医療に尽くしてきました。

「瀬戸内の島々は過疎化と高齢化が進み、海洋汚染などによる漁獲量の減少から暮らしも厳しい」

そう國田医師は言います。若い人は職を求めて島を出てしまい、1人暮らしの人も増えています。島々には、介護や福祉など、在宅サービスが陸地部と比べて少なく、保険証を持っていても医療機関がないため、必要な医療を受けることができません。

橋ができ、島と本土が結ばれるようになりましたが、車を運転できない高齢者にとっては、交通の手だてが少なく、「島」に変わりはありません。瀬戸内海の僻地性は、年々改善されてはいますが、保健・医療は改善されているとはいえないのです。

瀬戸内海の島々の過疎化と高齢化により、医療の必要性は増しています。医師のいない島々の人々にとって、特に急病には、今日でも対処する方法が乏しいのが現状です。

 

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地球約19周分の距離を航海し、受診人数は延べ56万人

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