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〔人間力を高める〕「100kmウォーク」~歩き続けることで人間は変わる

松坂晃太郎(ヒロボー社長)

2015年02月03日 公開 2022年07月11日 更新

《『PHP松下幸之助塾』2015年1・2月号Vol.21より》

 

歩き続けることで人間は変わる  限界突破の助け合いを育む「100kmウォーク」

年2回、100キロメートル歩くことを社内行事にし、業績を伸ばしている会社がある。広島県府中市のヒロボーだ。その変わった社名は、創業時の「広島紡績」に由来する。もともと紡績会社だったが、2代目がホビー用ラジコンヘリの事業に進出し、全国的に名を知られる会社に発展。しかし、その後を継いだ3代目現社長の松坂晃太郎氏は当初、経営者としての自信がなかったという。「現状を変えたい」と悩んだ末に始めたのは「歩くこと」だった。

<取材・構成:高野朋美/写真撮影:宮本誠也>

 

「ヘリの会社」から大きく変貌

 ヒロボーというと、「ラジコンヘリコプターの会社」と覚えてくださっている方が多いのですが、ヒロボーグループの最近の売上比率でいえば、ラジコンヘリは、ホビー用と産業用の2部門を合わせても1割ぐらい。残りの9割はプラスチック成形部門と電気機器部門が占めていて、大部分の社員はヘリの事業にかかわっていないのが現状です。

 父(故松坂敬太郎氏)が社長だったころは、ホビー用ヘリの売上が大きかったのですが、中国製品の台頭や消費者ニーズの変化などから、段々と採算が合わなくなり、ヘリの事業を縮小せざるをえませんでした。

 とはいえ、現在でもラジコンヘリの会社として知られているのは事実。そのため、事業縮小に踏み切ろうとしたときは、社内外からそうとうな反発がありました。そうした反対を押し切ってまで事業構造を変えたのは、R&D(研究開発)におカネをかけて新しいことに取り組まなければ、生き残っていけないと考えたからです。

 ただ、プラスチック成形部門は2008年のリーマンショック以降も増収増益を続けていました。技術力で圧倒的に他社を引き離しているわけでもなく、「理由は何だろう?」と考えてみました。思い当たるのは、当社が実施している「100kmウォーク」。これがヒロボーを陰で支えている気がするのです。

 

100キロ歩けば工場建設

 2009年、プラスチック成形部門のトップとその部下たちが、愛知県の「三河湾チャリティー100㎞歩け歩け大会」に初めて参加しました。きっかけは、「新工場を建ててほしい」という同部門社員たちの要望。「食品用のプラスチック成形に本腰を入れるには、もっとクリーンな工場が必要だ」と私に進言してきたのです。

 でも、当時の私は経営者として肝が据わっていませんでした。「工場を建てても注文が増えるのだろうか?」「銀行には融資を1回断られているし……」などと考え、弱腰になっていたのです。

 考えた揚げ句、私は社員にこう持ちかけました。「もしも皆さんが100キロ歩いたら、もう一度銀行に掛け合ってみる」。社員の本気度を試そうと思ったのです。

 100キロもの長距離になると、なかなか歩き切ることはできません。実際、「100㎞歩け歩け大会」では、途中棄権者が4割にも上ると聞きました。それくらい、過酷な大会なのです。

 実は私自身、かつて僧侶になろうと、全国を歩いて行脚していたことがあります。だから、100キロ歩くことの感覚が分かる。ふつうはムリです。歩いているうちに、体のあちこちが尋常じゃないほど痛くなる。だいたい75キロぐらいで、肉体的な限界がやってくるのです。そこを越えたら、今度は精神的にきつくなる。肉体と精神の両方の限界が、100キロを歩く過程で襲いかかってくるわけです。

 だから、歩き切ったら、それだけですごいこと。当社の社員の場合、そもそも100キロを歩くこと自体が初めてだったので、全員完歩はとてもできないだろうと思っていました。ところが驚いたことに、一発で全員完歩。「彼らはすごい!」と心の底から思いました。

 社員たちは、自分たちの事業にかける本気度を、身をもって示したのです。私も本気にならねばなりません。銀行と再び交渉し、どうにか資金を借りることができ、新工場を建設しました。

 100キロを歩いた社員たちは、以来、大きく変わりました。営業成績がぐんぐんと上がり始めたのです。不可能だと思われていた距離を歩くことができて、自信がついたのでしょう。

☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。

 

<掲載誌紹介>

『PHP松下幸之助塾』 2015年1・2月号Vol.21

2015年1・2月号の特集は「人間力を高める」。コマツ相談役・坂根正弘氏、経営共創基盤CEO・冨山和彦氏、ヒロボー社長・松坂晃太郎氏ほかの皆様に登場いただきます。また、[特別対談]としてお届けする、トヨタ自動車社長・豊田章男氏と伊那食品工業会長・塚越寛氏の「『年輪経営』談義」では、認め合う2人がめざす“いい会社”像をご紹介しています。ノーベル賞受賞記念「青色発光ダイオードの開発者・赤崎勇――松下幸之助との思い出」も読みどころです。

 

BN

著者紹介

松坂晃太郎(まつさか・こうたろう)

ヒロボー社長

1970年広島県府中市生まれ。関西大学大学院工学研究科修了。自然言語処理を研究。在学中に禅に興味を抱き、京都の天龍寺に修行に通い、得度。1995年ヒロボー入社。その後、当時社長の父の指令でインターネット関連会社に勤務。2006年ヒロボー取締役。同社副社長を経て、2010年から代表取締役社長。著書に「松坂義晃」の名で『空海の残した道――現代歩き遍路がそこに見たもの』(新風舎)がある。

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