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是枝裕和 × 井上由美子~世界といまを考える

2015年07月01日 公開 2018年06月08日 更新

是枝監督対談集『世界といまを考える1』最新作『海街diary』が6月13日(土)に公開された是枝裕和監督が、リリー・フランキーさん、山田太一さんら「映像」に携わる表現者と語らった対談集『世界といまを考える1』が好評発売中です。

その内容を紹介する特別企画の最終回は、テレビドラマ『白い巨塔』『昼顔』などを手掛ける人気脚本家・井上由美子さんとの対談。奇しくも、対談当日が3月11日だったことから、互いの作品についてだけでなく、東日本大震災についても語られて――。

では、対談の一部をどうぞ。

 

「映像」の表現者と世界といまを考える

 

是枝――井上由美子さんはほぼ同年代の脚本家なのだが、自分には書けないものを書いている人ということで長らく尊敬している。お名前をしかと覚えたのは、1998年のドラマ『きらきらひかる』。4人の女性の個性を上手につかって、豊かなストーリーテリングで、生と死というテーマを骨太に描いていた。その骨太さは2003年の『白い巨塔』にも受け継がれている。特に西田敏行と石坂浩二演じる俗物たちのリアリティにはぞくぞくした。ご本人とお会いしたのは今回が初めてで、日常生活をきちんと丁寧に送り、確固たる常識をしっかりと持っている人という印象を受けた。そして、「自分は作家ではなく、職人だから」という言葉に、あらためてシンパシーを感じた。

 

脚本は設計図で、演出家に託すもの

是枝 井上さんは高田馬場の東京山手YMCA内で行われていたシナリオ講座(*1)に行かれていたんですよね。実は僕も大学生のころにそこに通っていたんです。1985年か86年なんですが。

*1 1983年、シナリオ作家協会が東京YMCAと共催で開講したシナリオ講座。講師に倉本聰、深作欣二、山田太一などがいた。2002年に単独運営となり、赤坂シナリオ会館に移転。

井上 そうだったんですか。私はその3年ぐらいあとです。

是枝 僕が井上さんのドラマを観て見習いたいなと思うのは、職業をちゃんと書かれているところなんです。

井上 (笑)職業?

是枝 いわゆるホームドラマというもの、家族のなかで閉じている話はあまりつくられていませんよね。たとえば人と人の共同体みたいなものを描かれるときも、「家族」へは行かずに「職場」に行かれることが多い気がする。ドラマを通して人が働いている姿をきちんと描かれているところが魅力だなと。

井上 光栄です。でも本当はホームドラマが好きなんですよ。

是枝 やはり出発点には山田太一さんのドラマの影響はありますか?

井上 あります。山田さんの作品は私たちの世代のバイブルですよね。あとは早坂暁さんが好きでした。『花へんろ』(*2)とか『事件シリーズ』(*3)とか……。

是枝 同時期放送の『北の国から』(*4)より『想い出づくり。』(*5)のほうが好きだったとか。

*2 NHKのテレビドラマ。1985年~88年に3シリーズを放送。大正末期から昭和中期までの四国の風早町を舞台にした、早坂暁自身の自伝的要素を含む作品。激動の時代に翻弄される庶民の生活を、遍路や俳句を交えながら叙情豊かに描いている。主演は桃井かおり。
*3 NHKの『ドラマ人間模様』枠で1978年~84年まで計6回シリーズ放送されたテレビドラマ。初回の『事件』のみ大岡昇平の同名推理小説を原作にしており、それ以外の5作品は、菊地弁護士というキャラクターを使った早坂暁によるオリジナルドラマ。
*4 フジテレビ系列のテレビドラマ。1981年~82年放送、全24回。東京から北海道の富良野に帰郷して暮らす一家を描く。脚本は倉本聰、主演は田中邦衛、吉岡秀隆、中嶋朋子。最初の放送から21年経った2002年にスペシャルドラマが放送された。
*5 TBS制作のテレビドラマ。1981年放送、全14回。結婚適齢期(24歳)を迎えたOL3人が、青春の証明として〝想い出?を探すという物語。主演は森昌子、古手川祐子、田中裕子。

井上 よくご存知ですね(笑)。

是枝 実は僕もそうだったんです。大学時代に『想い出づくり。』が放送されて、「すごい。こんな作品が書きたいな」と。

井上 私もすごいなあと思いました。

是枝 「あ、こんな人たちが主人公になるんだ」と思った。3人が主人公というドラマがあり得るんだなと。それで、さきほどのシナリオ講座で3人が主人公の脚本ばかり書いて、「ちゃんと主人公をひとりに絞れ」と先生に怒られたんです。「いや、山田太一が『想い出づくり。』で3人で書いている」と反抗したりして(笑)。

井上 (笑)山田さんのドラマではほかに何がお好きですか。

是枝 『早春スケッチブック』(*6)がすごく強烈でした。河原崎長一郎さんと山﨑努さんの対立、あの日常を脅かす存在をフッと持ってこられる形がすごく刺激的だった。あとは笠智衆さん主演の『冬構え』(*7)や『ながらえば』(*8)の単発モノもすごく好きでした。『岸辺のアルバム』(*9)を全話観たのはずいぶん経ってからで、オンエア中は高校生で年齢的にちょっと早くてあまり真剣に観ていなかったんですが、振り返ってみるとやはり『岸辺のアルバム』と『それぞれの秋』(*10)はすごい作品だなと思います。

井上 私も『岸辺のアルバム』と、鶴田浩二さん主演の『男たちの旅路』をすごく一生懸命観ていた覚えがあります。

是枝 車椅子の話(*11)が強烈でしたね。

*6 フジテレビ系列のテレビドラマ。1983年放送、全12回。複雑な親子関係で形成された望月家の前にある男が現れ、家族関係にヒビが入り……。本当の家族とは何かを問う家族ドラマ。出演は岩下志麻、河原崎長一郎、鶴見辰吾、二階堂千寿、山﨑努ほか。
*7 NHKの単発ドラマ。1985年放送。人生を四季に譬え、やがて誰もが迎える「冬」――老いとどう向き合っていくのかを笠智衆が切々と演じる。脚本は山田太一。出演は笠智衆、岸本加世子、金田賢一、せんだみつおなど。
*8 NHKの単発ドラマ。1982年放送。老人、老夫婦の生き方、息子たちとの絆を通して、現代日本の高齢化社会が抱える問題をあらためて探る。脚本は山田太一。出演は笠智衆、宇野重吉、長山藍子など。
*9 TBS制作のテレビドラマ。1977年放送、全15回。倦怠期を迎えた夫婦の危機と子どもたちの成長過程での苦悩が描かれ、最後には水害により家が崩壊する。新聞連載された原作をドラマ化したもので、第15回ギャラクシー賞を受賞。演出は鴨下信一。
*10 TBS系列『木下惠介・人間の歌シリーズ』で放映されたテレビドラマ。平凡なサラリーマン家庭を舞台に、家族愛や思いやりを、次男坊の目を通して問いかける。出演は小倉一郎、小林桂樹、林隆三、久我美子、火野正平など。第11回ギャラクシー賞受賞。
*11 NHK連続ドラマ『男たちの旅路』の、第4部第3話「車輪の一歩」のこと。身体障害者の問題を真正面から捉え、シリーズのなかでも評価が高い。1979年放送。

井上 地下にポルノ映画を観にいくんですよね。……是枝さんの映画やドラマは、主人公にせよ、ほかの登場人物にせよ、みんな思っていることをできるだけいわないじゃないですか。

是枝 はい(笑)。

 

著者紹介

是枝裕和(これえだ・ひろかず)

映画監督、ディレクター

1962年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組の演出を手掛ける。2014年に独立し、制作者集団「分福」を立ち上げる。1995年、初監督映画『幻の光』がヴェネツィア国際映画祭で金オゼッラ賞受賞。2004年、『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)受賞。2013年、『そして父になる』がカンヌ国際映画祭審査員賞受賞。2015年6月13日に『海街diary』が公開。

井上由美子(いのうえ・ゆみこ)

脚本家

兵庫県出身。立命館大学卒。テレビ東京を退社後、シナリオ作家協会のシナリオ講座を受講。1991 年にテレビドラマ『過ぎし日の殺人』で脚本家デビューし、以降、『白い巨塔』『GOOD LUCK!!』『14 才の母』『マチベン』『パンドラ』『昼顔 ~平日午後3時の恋人たち~』など数々の話題作を手がける。2006 年、芸術選奨文部科学大臣賞、向田邦子賞受賞。映画脚本に『ジャンプ』がある。

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