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「ウソの経済常識」を信じ込んでいませんか?

高橋洋一(嘉悦大学教授)

2016年01月21日 公開 2022年11月02日 更新

「狂乱物価の原因は石油ショックだった」というウソ

戦後経済は嘘ばかり「狂乱物価」とは、1973年から2~3年にわたって、物価が2ケタの上昇率で高騰したことをいいます。1974年には消費者物価指数が前年比23.2%も上昇しました。

20%の物価上昇といえば、前年には1000円だったものが、たった1年で1200円になることを意味します。これは大変なことで、同年の実質国内総生産(GDP)成長率は、戦後初めてマイナスとなりました。それまで猛烈な勢いで続いてきた高度経済成長は、ここに終わりを迎えることとなったのです。

なぜ、このような「狂乱物価」が起きたのか。1973年10月に起きた石油ショックと結びつけて考える人が、かなりいらっしゃるようですが、これは理由の1つにすぎません。

実は、その前からすでに物価は急上昇していたのです。ちょうど固定相場制から変動相場制に移り変わる時期で、為替維持のためにマネーが大量に市中に供給されていたため、物価が上がったことが主因でした。石油ショックはそれを強めてしまっただけにすぎません。狂乱物価は、主として貨幣現象によって起こったものです。

 

「プラザ合意以降、アメリカの圧力で政府が円高誘導するようになった」というウソ

1985年の「プラザ合意」で、日本は「円高を呑まされた」と信じている人も、よく見かけます。この時期、アメリカはレーガン大統領の下、「レーガノミクス」と呼ばれる経済政策を打っていましたが、対日貿易赤字があまりにも大きかったため、国際的に圧力をかけて円高・ドル安に「誘導した」というのです。

「円高になった」というのは、事実としてその通りです。しかし、「誘導した」というのは、実は間違いです。1973年2月から制度上は変動相場制になりましたが、その裏で大蔵省(現財務省)は「ダーティ・フロート」と呼ばれる為替介入を続けていました。プラザ合意までは裏の介入で円安誘導されていた状態だったのです。

プラザ合意以降、そうした介入をやめて、為替レートを市場に任せるようになりました。

「本当の変動相場制」にしたのです。プラザ合意以降に円高誘導したのではなく、それまでこっそりやっていた「円安誘導するための裏の介入をやめた」だけです。市場に委ねる形となり、均衡レートまで円高が進んでいきました。

 

「バブル期はものすごいインフレ状態だった」というウソ

「バブル期はどんどん物価が上がった。すごいインフレ状態だった」というイメージを持っている人も多いことでしょう。たしかに、バブル世代の人々が、なぜか自慢げに語る当時の武勇伝(「こんなに金を使えた」「接待に次ぐ接待で大変だった」「予算は青天井」などなど)を聞くと、その話は、あたかも真実であるかのように響きます。

しかし、そんなイメージとはかなり違うかもしれませんが、バブル期とされる1987~1990年の一般物価の物価上昇率は、実は、0.1~3.1%です。ごく健全な物価上昇率であって、「ものすごいインフレ状態」とは、とてもいえない数字です。バブル期に異様に高騰していたのは、株式と土地などの資産価格だけだったのです。

「一般物価」と「資産価格」を切り離して考える必要があります。バブル期の実態は「資産バブル」でした。

冒頭で述べたように、過去の事象について間違った認識を持っていると、それに影響されて、現在の状況を正しく見ることができなくなります。ビジネスをされている方は、経済情勢について正しく状況判断できないと、方向性や意思決定を間違えることがあります。正しい認識を持っておくことはとても大切です。

とりわけ日本では、そのことは十分すぎるほど十分に気をつけて、自分自身で知的武装をしておかねばなりません。なぜなら、この国では不思議なことに、間違ったことを主張したり、当たらない予測を繰り返しているエコノミストや経済学者が、いつまでも淘汰されずに主張を繰り返していく傾向があるからです。

出版社やメディアの人たちに聞くと、「いやあ、あの先生の本は売れますから」「人気があって、視聴率がとれますから」などというのですが、どう考えても間違っている主張が、売れるからという理由だけでどんどん流布されるのは、見ていて不思議な気がします。

データで検証すれば、間違えているかいないかは一発でわかるのですが、そんな「社会的な査定」はほとんど行われていないようです。

となると、たとえ経済理論から見てトンチンカンな、いいっぱなしの議論でも、経済学にあまり通じていない人は、うっかりダマされてしまいかねません。経済分析や経済予測というのは、何らかの前提を置いて、そこから論証していくスタイルをとることが多いので、その論理だけを読み進めていると、一見、正しそうに見えてしまうからです。しかも、「根拠のない自信」であっても、「間違いなく、こうなる!」と言い切られると、「ああ、そんなものですか」と信じてしまう人もいるようです。

とはいっても、経済学を今からマスターするのは大変だ、という方も多いかもしれません。

であるならば、せめて、正しい「経済の歴史」は知っておくべきなのです。「どうして経済が、こういうふうに動いてきたのか」ということを正しく押さえていれば、今の経済の動きを見ていても、少なくとも「どこか変だ」とか「このエコノミストの発言は、どうもウソではないか」と気づくことができるようになるからです。

しかしながら、日本ではこの点でも、決して恵まれた環境ではありません。というのも、冒頭から見てきたように、あまりにもズレた常識──言葉を選ばずにいえば「間違いだらけの常識」──が広く流布しているからです。

たとえば、「通産省のおかげで高度成長が実現した」と信じていたら、「不況になったら、政府が成長戦略で何とかできるのでは」と、何の疑いもなく考えてしまうでしょう。「アメリカに円高を誘導された」と思っていたら、「またアメリカの悪だくみで、日本が大損するに違いない」と簡単に信じ込むはずです。「バブル期は猛烈なインフレだった」認識していたら、「やっぱり、あのときに金融引き締めを行った日本銀行(日銀)は、正しかった」と拍手喝采を送りかねません。

それが事実ならばいいですが、間違えているとしたら、これほどバカらしい悲劇はありません。ところが、あまりにも「間違った常識」が流布している日本では、そんな「バカらしい悲劇」が随所で繰り返されているのです。

 

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「間違った経済常識」が生んだ「失われた20年」

著者紹介

高橋洋一(たかはし・よういち)

嘉悦大学教授

1955年、東京都生まれ。東京大学理学部数学科、経済学部経済学科卒。博士(政策研究)。1980年、大蔵省に入省。理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣参事官などを歴任。2008年、退官。著書に、『日本人が知らされていない「お金」の真実』(青春出版社)ほか多数。

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