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日本の「国体」とは何か

竹田恒泰(作家/慶應義塾大学講師)

2016年03月02日 公開 2022年10月27日 更新

日本で唯一、天皇だけは替えがきかない

あらためて日本の国体を考えてみましょう。アメリカでは大統領が倒れても、まだ「自由の国」のままである、アメリカのままであると言いました。同じように日本からいろいろなものを取り除いてみることにします。

もし内閣総理大臣が倒れたとしても、まだ日本のままです。国会の首班指名で新しい総理を選べばよいわけですから。

誤解しないで欲しいのですが、私は替えがきくからといって、総理大臣をどうでもよいポジションだと言っているわけではありません。総理大臣は国政の最高責任者という、とても重要な役割を果たしています。

次に、北朝鮮あたりからミサイルが飛んできて霞が関、永田町を直撃したとしましょう。それで国会議員が全員死んだとしても、まだ日本であることに変わりはありません。もちろん国会議員は重要ですが、替えがきくわけです。霞が関も何とかなるでしょう。

あるいは最高裁判所の建物が破壊されて、判事が全員死んだとしましょう。

亡くなった方にはお気の毒ですが、最高裁判事が一時的に不在となっても、日本の司法制度が崩壊することはありません。新しい最高裁判事が揃えば、問題は解決です。

でも日本で唯一、天皇だけは替えがききません。万が一、天皇が不在になったとしたら、もはや日本ではなくなるのです。

天皇が唯一無二の存在であることを具体的に示していきましょう。天皇が不在になったら、国の統治機構は、立法・行政・司法のすべてがまったく機能しなくなります。「天皇の任命権」を定めた憲法第6条と、「国事行為」を定めた憲法第7条を見てください。

日本国憲法第6条
1  天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
2  天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

日本国憲法第7条
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
1 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
2 国会を召集すること。
3 衆議院を解散すること。
4 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
5 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
6 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
7 栄典を授与すること。
8 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
9 外国の大使及び公使を接受すること。
10 儀式を行ふこと。

内閣総理大臣を任命するのは天皇ですから、皇居宮殿で天皇に任命されなければ内閣総理大臣も最高裁長官も成立しません。すべての閣僚も同様で、天皇の認証がなければ、閣僚にはなれません。先ほど北朝鮮あたりのミサイルが霞が関、永田町を直撃したら、という仮定の話をしました。国会議員を選び直す選挙をしようにも、総選挙は天皇が公示することから始まります。それ以前に衆議院の解散も、天皇の国事行為ですから、天皇不在では衆議院の解散すらできません。

法律を作るのは国会ですが、すべての法律は天皇が公布しないと効力を持ちません。法律を公布できるのは天皇だけですから、天皇が不在となってしまえば、法律を公布する人がいなくなってしまいます。

ざっとこれだけ言いましたけど、立法・行政・司法のすべての機能は天皇がなければ動かない仕組みになっているのです。ですから天皇が不在になると、まず日本の統治機構は完全に麻痺してしまうのです。

というように、日本では天皇の身体を通してあらゆる国政が具現化されています。私たちはその仕組みのなかで生活しているのです。もちろん、そういったことは、あくまでも形式的・儀礼的なものであって、天皇の意思がそこに入っているかどうかは、あまり重要ではありません。

天皇陛下には、もしかしたら時の総理について個人的な好き嫌いがあるかもしれません。それは誰にも分からないことです。天皇陛下は一切個人的な好き嫌いを表に出しませんから。今の安倍晋三総理についても、天皇陛下ご自身がお決めになったわけではありませんが、天皇陛下が任命なさることに意味があるのです。

明治時代から現在に至るまで、すべての内閣総理大臣は天皇の任命を受けてその地位に就いてきました。江戸以前の武家政権の時代でも、すべての将軍は天皇に任命されています。平安時代以前でも、関白や太政大臣などの政治の責任者は、やはり全員が天皇に任命されているのです。わが国の歴史で、天皇の任命を受けずに行政の責任者の地位に就いた者は1人もいません。

憲法が定める内閣総理大臣の任命は、あくまでも形式的・儀礼的ですけれども、そこにいかに重い意味があるか、分かって頂けたでしょうか。

法律の公布も天皇の国事行為です。これまで公布された法律のなかには、変な法律もありました。かといって、おかしな法律がまかり通っているのは「天皇のせいだ」、とはなりません。天皇は国会が議決したものを粛々と承認し、公布なさるだけですから、天皇が担うのは権力ではなく権威なのです。権威ある天皇が公布した法律だから、国民も守る。

ちなみに、公布とは、成立した法律を誰でも閲覧できる状態に公に示すことを意味します。公布されない法律は内容が分かりませんから、守りようがありませんね。ですから、法律は公布されて、施行日を迎えることで、効力を持つことになります。

法律の内容を決定するのは議会、すなわち国民ですが、法律を公布するのは天皇なのです。

もちろん天皇の存在、役割は統治機構だけにあるのではありません。国民の心の拠りどころであり、伝統的な日本文化をそのまま体現する存在という部分も大きいでしょう。

ところで、今、皇室打倒を正面から掲げる政党は、日本に1つもありません。かつて日本共産党は「天皇制打倒」を主張していましたが、今は違います。「皇室護持」の立場を取っています。なぜかというと、日本共産党の党是が「天皇制打倒」から「日本国憲法の護持」に変化したからです。

日本共産党が守るのは憲法の全部であり、そこには憲法第1章、すなわち第1条から第8条までの天皇に関する条文が含まれています。「憲法には指一本触れさせない」というのが、日本共産党の党是なのです。

したがって「憲法が定めている皇室は守る」というのが今や共産党の考え方なのです。もちろん共産党は、天皇に新たな権限を与えたり、権威を強化したりすることは考えていません。憲法に書かれた範囲で皇室を守るということです。

天皇の権威を担保しているのが、皇族の方々の存在です。今の天皇陛下(今上天皇)は、昭和天皇のご長男で、皇位継承権が第1位であられました。昭和天皇の崩御の直後に、皇室典範という皇位継承の手続きや順位などを定めた法律に従って、天皇に即位なさいました。

皇室は初代の神武天皇から125代の今上天皇まで、2000年以上こうして万世一系の皇統を保ってきました。今の天皇陛下の次に天皇になられる方も決まっています。天皇陛下のお子様であられる皇太子殿下です。秋篠宮殿下もお子様であられますけれども、ご長男の皇太子殿下が次の天皇になられます。その次も、もう決まっています。

このように、皇位が世襲により継承されることは、権威であり続けるためには重要なのです。アイドルグループの総選挙のようなことをして、その時々でいちばん人気のある人を「はい、次の天皇」としてはいけません。もしそれをしたら、日本は大統領制に移行したことになり、共和国になってしまいます。

ですから万が一、皇族の方々が消滅してしまうようなことが起こって、正統な皇位継承者がいなくなると、それは皇室がなくなるのと同じことなのです。

国体を守ろうとするのであれば、天皇と皇位継承者を生み出す皇族(宮家)を合わせた「皇室」全体を守らねばなりません。立候補制で天皇を選んでも、それは2000年の伝統に裏づけられた天皇ではありませんから、日本の国体は破壊され、別の国になったと断言できます。

著者紹介

竹田恒泰(たけだ・つねやす)

作家

昭和50年(1975年)旧皇族・竹田家に生まれる。明治天皇の玄孫に当たる。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。専門は憲法学・史学。作家。平成18年(2006年)に著書『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)で第15回山本七平賞を受賞。最新刊『日本人が一生使える勉強法』を始め、著書多数。

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