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あまりに低いリニアの経済効果

山形浩生(評論家兼業サラリーマン)

2010年11月24日 公開 2022年12月20日 更新

山形浩生

《 『Voice』 2010年12月号より》

直線ルートは妥当な判断

 リニア中央新幹線のルート問題について、方針が決まったようだ。直線に近い当初案に対し、どうしても長野経由でという要望が長野県から強硬に主張されていたけれど、国土交通省の交通政策審議会中央新幹線小委員会の検討結果として、費用対効果を考えて結局は直線ルートで行くとのこと。妥当な判断だと思う。

 長野へ迂回する代替ルートの支持者たちはもちろん、この結果に文句をつけている。7分の短縮に意味があるのかとか、積算根拠がとか、需要想定が不明とか。でもJR東海の試算資料をみても、使われている手法はごく普通のものだ。需要想定は大学の交通計画講義で真っ先に習う4段階推計法。工事費等は普通の積み上げ。あまりケチをつける余地はない。

 まあそうした文句は、地元に配慮したポーズにすぎまい。だって所要時間が増えれば人びとの被る便益は減る。直線ルートなら東京―名古屋が四十分、それが迂回すると46分とか47分とか。ビジネスマンなら、この差が大きいことはわかるだろう。便益が減るのに、建設コストは上がる。これでは直線ルートと比べて有利になるわけがない。前提をどういじっても、ルート間の相対的な順位は入れ替わるまい。

 長野県内でも南部には駅ができるし、直線ルートでも便益はあるので、そんなに悪い話ではないと思う。とくに京都ですらパスされていることを考えるとなおさらだ。

 ただ、個人的にちょっと驚いたのは、このリニア新幹線の費用対効果の数字だ。迂回ルートの費用対効果は1.24、直線ルートの費用対効果は1.51。ぼくの仕事ではもう費用対効果はあまり使わないのだけれど、小委員会の資料ではこの手の公共投資で世界的に使われる、経済的内部収益率(EIRR)の数字も出ている。迂回ルートは5%、直線ルートは6%だ。いずれも、驚くほど低い。

 いや、これに驚くのはむろん、ぼくが主に途上国の仕事をしているからかもしれない。アジア開発銀行だと、EIRRが12%に達しないプロジェクトは融資対象にならない(だからプロジェクトの経済性計算では、12%をクリアするように一生懸命数字を積んだりする)。だから5~6%なんていう数字をみた瞬間に、プロジェクトごとゴミ箱送りにしたくなってしまうのだ。

 でも、アジア開発銀行がお金を出す国では、経済成長率10%近くが当然だ。それに何もないところにドーンと高速道路をつくって、そこに旅客も貨物もすべて乗ってくるようなプロジェクトと、すでに東海道新幹線もあり、飛行機もあるようなところに旅客だけのリニア新幹線をつくるのとは、同列に比べられないのかもしれない。

せめて経済成長率が3%あれば

 ただ一方では、日本が世界にドーンと誇るはずのリニア新幹線だろう。東京湾横断道路以来の、久々の超大型インフラプロジェクトで、半世紀後にはプロジェクトXやディスカバリーチャンネルで大特集されるのが確実な看板案件だ。それがこんなに小さい経済効果しかないとは。

 まあ大規模だからいいというものでないのは、東京湾横断道路の現状をみれば明らかではある。でもぼくを含め多くの人は、リニア新幹線なら、日本経済にドーンと喝を入れるくらいの効果はあるんだろうと期待はしていたんだが……。

 じつはこれが発表される数日前に、経済学者の片岡剛士とこれに類する話をツイッターでしていたところだった。日本の公共事業の費用対効果が最近下がっていて、2あったら御の字、1.8くらいが相場で情けないですね、という話だ。でもリニア新幹線はそれより低いのか。

 日本に有益な公共事業の機会がないとはいわれているけれど、でも日本もまだ課題が残っているんだから、そんなはずはない、という声もある。だがリニア新幹線ですらこの程度なら、ほんとうに日本には機会がないのかも、という気さえしてしまう。

 むろん、この手の計算はすべて前提次第ではある。いまの数字は、今後の経済成長率が1%という想定だ。これはかなり弱気だ。とはいえ、こういう試算は政府の経済見通しの数字を基にせざるをえない。

 そうした経済見通しが各種の思惑のせいで、デフレ下で人工的に抑えられた数字をベースにした人為的に低いものになっているというのは、本誌に登場した多くのリフレ派論者が何度も指摘していることだ。

 ちなみに、2%の場合も試算されているが、それでもかなり低い結果になっている。デフレを解消して3%くらいの成長が見込めれば、たぶんリニア新幹線の便益もかなり改善されて、インフラ系のプロジェクトとして、世界的に胸を張れるものになると思うんだが……。

 

Voice

 

BN

著者紹介

山形浩生(やまがた ひろお)

評論家兼業サラリーマン

1964年、東京都生まれ。東京大学工学系研究科都市工学専攻修士課程およびマサチューセッツ工科大学不動産センター修士課程を修了。著書、翻訳書多数。

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