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社会

日本の「拘束道路」

高山正之(ジャーナリスト)

2010年11月24日 公開 2022年12月20日 更新

高山正之

片側4、5車線のフリーウェイが縦横に走るロサンゼルスは、ほんの半世紀前までは路面電車が縦横に走る街だった。

信じられない者は、1950年代のハリウッドを舞台にした映画『ロジャー・ラビット』を観るがいい。最後のシーンはサンセット大通りを遠ざかっていく路面電車の姿だ。ダウンタウンから西はサンタモニカ、南はダナポイント、北はバーバンクまでカバーする路線網は、この辺の電力会社の経営だった。

その株を買い占めたのが石油大手のユノカルや、タイヤ、自動車メーカーで、一年たったところで会社は倒産し、運行をやめた。

足を奪われた市民はしょうがない、クルマを買って、いまのクルマだらけ社会が出来上がった。市民の数よりも多いクルマが、いまは制限時速65マイルで突っ走るから交通法規も厳しくなる。

ドライバーが違反すると減点されるのは日本の免許制度と同じだが、その持ち点はたった3点。普通の速度違反でマイナス一点。無理な追い越しなどの乱暴運転は2点で、即、免許停止になる。ただしロサンゼルスではクルマに代わる足がないから、免停でも自宅と会社、子供の学校、最寄りのスーパーマーケットを結ぶ道だけは走れる。

免停期間にそれ以外の道で捕まると、言い訳いっさいなしで免許は剰奪される。

免許更新は5年ごとだから、たった3点では絶対にもたない。それで「講習に出れば1ポイントを取り戻せる」システムがある。

これが半日仕事だ。まず指定された会場に行く。同じような違反者が15、6人集まっている。担当官が来て一人ひとり前に立たせ、自分がどんなふうに違反をしたかを含め詳細に報告させ、深く反省しています、と締めくくる。

口先だけうまい米国人はすらすらウソを並べられるが、日本人には苦痛だ。これが終わると、今度は数人ずつのグループに分かれ、担当官が出す設問に答える。いずれも運転免許取得試験に出る問題なのだが、免許を取るとすっかり忘れてしまう。

たとえば、「信号のない四つ角で同時にクルマが釆ました。どのクルマが優先権をもちますか」とかのルールを聞かれる。グループが相談して正解を出す。米国は右側通行で、ドライバーの右手から来たクルマが優先権をもつ。

いずれのルールも、基本はクルマがよりスムーズに、より能率的に走れることが眼目だ。

追い越し禁止の山道で、自分のクルマの後ろに何台クルマがつながった場合、譲らねばならないか、という問題もある。正解は「5台」で、もし6台以上つなげてのろのろ走っていると交通違反で捕まり、1点減点、罰金70ドルが相場だ。

あるいは、制限速度50マイルのところでクルマが60マイルで流れていた。そこで1台が「規則は規則」と50マイルで走ったとする。流れを乱す遵法車とそれに警笛を鳴らして追い立てたクルマが警官に止められた。どっちが違反者で捕まったか。

この場合は、一定の速さで流れているのを乱した者が違反者になる。

この二つは日本でも見習いたいくらいのいいルールだ。日本の官僚は毎年、掃いて捨てるほど米国に行って、こういう交通ルールを視察してくるが、いっこうに道路交通法に反映される気配はない。日本ではクルマが一定の速さで流れているのに「私は制限速度40!)を守る」みたいなクルマがいる。米国では違反になるが、日本では「法律どおり」が優先する。

愚かな交通行政を続ける日本で、42年ぶりに高速道路の速度規制が改められることになった。たとえば小田原厚木道路は中央分離帯があって、かつ2車線なのにずっと70!)制限で、覆面パトカーの稼ぎ場所になっていた。

自動車専用道路はクルマの利便性を優先するはずなのに、公安委員会が半世紀も放置した結果だが、それにも増して公安委員会の怠慢につけ込み、罰金集めに狂奔してきた警察の根性はもっと非難されていい。角を矯めて牛を殺すいい見本だ。

 

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