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あと5年で銀行は半分以下に? 銀行大淘汰の時代がやってくる

渡邉哲也(経済評論家)

2017年03月17日 公開 2022年10月27日 更新

あと5年で銀行は半分以下に? 銀行大淘汰の時代がやってくる

あと5年で銀行は半分以下になる

いま、銀行のあり方が世界で問われている。2017年1月4日、麻生太郎金融担当大臣は、「金貸しが金を貸さないで、どう商売をするのか」「目利きはいなくなったのではないか」「手数料ではなく、リスクを取ることに銀行の目が向かないと企業はうまくいかない」と、全国銀行協会の賀詞交換会で日本全国の銀行幹部を前にして挨拶した。

これは日本の金融当局の銀行に対する強い不満の表れであり、今後の金融の指導方針と銀行との対決姿勢を明確にしたものである。

少子高齢化社会と過疎地域の増大予測、そして、世界の金融競争を生き抜くには銀行が多すぎるのだ。また、インターネットバンキングやクレジットカード決済、コンビニATMの拡大により、銀行の役割と必要性がすでに大きく変質しているのである。銀行のために銀行があるのではなく、日本のためになくてはいけないわけである。

「お金は経済の血液であり、銀行はそれを送り出すポンプである」とよく言われるが、かつて日本のバブル崩壊やリーマン・ショック、ギリシャ危機、欧州ソブリン危機などのさまざまな金融危機において、銀行の不健全化により金融のポンプ機能が停止し、それが結果的に経済全体を悪化させるに至った。

日本のバブル崩壊がハードランディングに至ったのも、銀行による貸しはがしや貸し渋りに加え、銀行の不良債権処理と資産価格の下落の負の連鎖によって起きる「バランスシート不況」による部分が大きかったことは間違いない。

また近年、世界を席巻してきたグローバル資本による欧米型の金融モデルも、リーマン・ショックを機に瓦解した。

これはまさしく金融のポンプ役である銀行の仲介のもとに、先進国が新興国に対して投資を行い、そこで上がった利益を配当や金利というかたちで自国に持ち帰るモデルだったわけである。

そこから持ち帰った資金によって、先進国はサービス業に代表される第3次産業を拡大させることにより、経済をプラス方向に成長させてきた。

ところがリーマン・ショックの結果、先進国が新興国から利益を吸い上げるというビジネスモデルが瓦解し、現在では逆に資本不足に陥った先進国の銀行が、新興国の資金に依存するような状況にまでなっているのである。

このような状況のなかで、いま銀行のあり方は大きく変わらざるを得ないところに来ている。

日本でも、少子高齢化の時代を迎え、地方の過疎化も急速に進んでいるなかで、20年後には、現在1700余りを数える地方自治体の三分の一程度しか維持できないと言われている。

地方人口の減少は、地方銀行をはじめとする地域金融機関の存在の前提となる顧客の減少を意味するだけに、これから銀行というもののあり方が改めて強く問われることになるだろう。

バブル崩壊後に実施された大規模な金融制度改革、いわゆる日本版金融ビッグバン以降、日本の金融機関は、もともと全国区で営業ができた都市銀行、営業範囲が都道府県内に限られていた地方銀行、相互銀行から転換した第二地銀という構図になっていた。

さらに銀行に類する金融機関として、町村などの一定地域に営業範囲が限定されている信用組合や信用金庫、農協や漁協といった業界の協同組織的な金融機関も存在し、預金ではなく貯金を扱う郵便局もある。

郵政民営化により、かつての郵政三事業の一つだった郵便貯金はゆうちょ銀行が継承したが、いわゆる財投改革が実施された2001年までは、旧大蔵省の資金運用部が郵便貯金と年金積立金を政府関係機関や特殊法人などの財投機関に融資する「財政投融資」が行われていた。

かつては、この財政投融資で調達された低利・長期の資金が高速道路や空港などのインフラ構築や中小企業金融などに使われて、日本の発展に寄与してきたことも確かである。

ところが財投機関が自ら財投機関債を発行し、市場から資金を調達するようになっているいま、郵便貯金がどれだけ必要とされているのかについて、議論の余地が大いにあると思われる。

一方、日本政府および金融庁は、銀行に資金がだぶついているにもかかわらず、銀行自らがリスクを取ってお金を貸そうとしないこと、また少子高齢化や過疎化が進む地方で、銀行が余剰な状態になりつつあることに対して強い危機感を持っており、銀行再編を後押ししようとしている。

ところが地方銀行をはじめとする地域金融機関の反発も根強く、再編がなかなかうまく進んでこなかったのが一つの現実だ。

日本は、リーマン・ショック以降、世界で起こった金融危機の影響を最も受けなかった国の一つ、ということにはなるのだが、それは日本の銀行が他国の銀行に比べて、銀行本来の機能(金融仲介機能、信用創造機能、決済機能)を十分に果たしてこなかったことの裏返しでもある。

なかでも銀行が担保や保証に依存し、リスクをともなう融資をあまり引き受けてこなかったため、外資金融機関が日本市場を闊歩し、「おいしい」ところを持っていかれている現状もあるわけだ。

しかもいま、その外資金融機関が日本市場で活動する原資を供給しているのが、じつは日本の金融機関であったりするから皮肉なものである。

つまり、日本の金融機関が外資の金融商品を顧客に売りつけ、結果的に日本人が日本人を食い物にすることで、外資金融機関が手数料収入を持っていくという歪んだ構造になっているわけだ。こうした状況を変えなくてはならないことに、反論の余地はないだろう。

著者紹介

渡邉哲也(わたなべ・てつや)

経済評論家

1969年生まれ。日本大学法学部経営法学科卒業。貿易会社に勤務した後、独立。複数の企業の運営などに携わる。国内外の経済・政治情勢のリサーチおよび分析に定評がある。主な著書に『世界と日本経済大予測』シリーズ(PHP研究所)などがある。

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