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「現実」を無視した憲法論議は、やってもムダです

倉山満(憲政史研究家)

2017年04月20日 公開 2022年12月15日 更新

「現実」を無視した憲法論議は、やってもムダです

※本記事は倉山満著『日本国憲法を改正できない8つの理由』(PHP文庫)の一部を抜粋、編集したものです。なお、本書では日本国憲法を当用憲法と呼びます。

 

「合憲・違憲」より重要な「立憲・非立憲」の思想

みなさんは、「Unconstitutional」をどう訳しますか。

アメリカ憲法だと、「違憲」しかありません。アメリカ憲法は、条文がすべてです。判例も法律もすべて、憲法典の条文に従って解釈されます。文字で書かれた憲法の条文に反していたら「違憲」という、よく言えば明確、悪く言えば単純きわまりない運用をしています。

イギリス憲法だと、「非立憲」しかありません。そもそも「イギリス憲法」のような名前がついた統一的憲法典がなく、慣例を中心とした複雑な体系をしているのが大英帝国以来の伝統です。目に見えない憲法に立脚していなければ「非立憲」です。

これをわかりやすい例で言いますと、首相の選び方です。

イギリスでは総選挙の結果を、第一党の党首が宮殿に報告に行く慣例になっています。そこで第一党の党首(現職首相の場合もある)に対して国王が「汝を次の首相に任命する」と宣言し、新首相が宮殿を出るところまでが慣例です。ちなみに宮殿に来るときは私用車、出ていくときは公用車なので、国王のお言葉を賜った段階で、正式な政権交代成立なのです。政治に空白は発生しません。

ここで第一党党首以外の者が宮殿に乗り込んでも、国王は憲法上の慣例を守るために門を開けません。もし力ずくで押し破ろうとすると、イギリス革命の再現です。逆に、国王が第一党の党首と会うのを拒否したり、その場で新首相に任命しなかったりすると、これまたイギリス革命の再現です。つまり、「革命を覚悟するなら、慣例を破ってよいぞ」という緊張感で成立しているのが、イギリス憲法なのです。そうなると、誰も慣例を破ろうなどと考えません。もはや破ることができないほど定着した憲法上の慣例(Practice)のことを、憲法習律(Constitutional Convention)と言います。

イギリス憲法学の教科書には、「憲法習律の違反者は、法体系そのものとの対決を余儀なくされる」と書かれています。慣例の遵守は政治家の良識に任されているのですが、もし破ったとしたら、その後に発生する混乱の責任を負わねばならないという脅しが存在するのです。こうした憲法習律を、イギリス人は何百年もかけて積み重ねてきたのです。

イギリス憲法学では、「国際法は軍事力という制裁力によって担保されている。憲法においては軍事力にあたるのは世論だ」とも教えられます。イギリス政治でも憲法違反(Unconstitutional=非立憲)を疑われるような事件は何度も発生しているのですが、「総選挙で国民に承認された政権のしたことは合憲である」との慣例が定着しています。つまり、政治の決着はすべて衆議院の総選挙で決めるのです。政治家も「卑怯な振る舞いをしたら次の総選挙で制裁を受ける」と思うから、抑止力になるのです。

帝国憲法がドイツ型かイギリス型かについては当時から議論があったのですが、明治末からはどんどんイギリス型の運用をしていきます。「憲政の常道」も、「藩閥官僚が談合して総理大臣を選ぶのは、たしかに合憲だ。しかし、明治天皇のお定めになった精神には明らかに反するから非立憲だ。総選挙で示された国民の声に従って総理大臣を選ぶことが立憲政治、すなわち憲政の常道だ」という、「合憲でも、非立憲は許さない」という思想が主流になります。

さて、当用憲法(日本国憲法)です。衆議院多数派が総選挙を無視して談合で成立させた細川内閣や村山内閣、与党内のたらい回しだけで総理大臣を選んだ自民党や民主党の歴代政権。

すべて、「合憲」です。しかし、当用憲法の趣旨に照らしても「非立憲」です。

それとも、当用憲法は「条文さえ守ればいいのだ。総選挙で国民は政治家に白紙委任したことになるのだから、文句を言うな」とでも解釈すればいいのでしょうか。

これのどこが「民主憲法」なのでしょう。

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「首相公選制」論者はアメリカを誤解しているだけ

著者紹介

倉山 満(くらやま・みつる)

憲政史家

1973年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院文学研究科日本史学専攻博士課程単位取得満期退学。99年より2015年まで国士舘大学日本政教研究所非常勤研究員として日本国憲法を教える。近著に『日本一やさしい天皇の講座』(扶桑社新書)、『日本国憲法を改正できない8つの理由』(PHP文庫)など。

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