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いま、松下幸之助からモチベーション・マネジメントを学ぶ理由

小笹芳央(リンクアンドモチベーション代表取締役)

2017年07月10日 公開 2022年11月10日 更新

いま、松下幸之助からモチベーション・マネジメントを学ぶ理由

松下幸之助さんとの出会い

私と松下幸之助さん(パナソニック創業者、PHP研究所創設者)との出会いは、20代後半のときに幸之助さんの著書『道をひらく』を書店で手にしたことでした。

当時、私はリクルートの人事部で採用の責任者をしていました。そのときの同期が退職して独立することになったので、餞別に本でもプレゼントするかと思いつき、飛び込んだ書店でたまたま手に取ったのが、『道をひらく』だったのです。

パラパラといくつかのページに目を通してみたところ、これから独立するという成功するかどうかもまだわからない状況の彼に贈るのに、とてもふさわしく思えました。そこで、彼へのプレゼント用に一冊と、ついでに自分でも読んでみようとさらにもう一冊、買い求めたのです。当時、銀座の数寄屋橋にあった旭屋書店でのことでした。

読んでみると、幸之助さんの仕事観や経営観、さらには人生観に大いに感じ入るところがあることがわかり、どんどん惹かれていきました。

それ以来、私は社会人として生きるための大切な指針を、『道をひらく』をはじめとして、幸之助さんのさまざまな講話やエピソードから得るようになりました。とくに「企業の社会的な役割を問う姿勢」や「社員との関係性の結び方」については、教科書のように、繰り返し読んでその意味を考え、自問自答をし続けてきました。

それはリクルートから独立して、現在のリンクアンドモチベーションを起業し経営者となった今でも変わりません。

 

人を惹きつけられない企業は衰退する時代

「なぜ、今の時代に松下幸之助なのか?」についても触れておきましょう。

結論から言えば、「幸之助さんの思想は、ワークモチベーション(働く動機)の多様化した現代において、働く人の心を束ねるのに、非常に効果があるから」です。働く人、つまり人材を惹きつけられない、束ねられない企業は衰退します。

戦後の復興期から高度成長期を経てバブル絶頂期までの間は、一人ひとりのワークモチベーションは、どちらかというと「一生懸命お金を稼ぎたい」、つまり「自身や家族が食べていけるようにするために働く」というものでした。

実際に物が不足していたり、あるいは足りていたとしても少し前までは不足していたという感覚が国民全員の心に残っていたりする時代だったので、皆の心に「もっと豊かになりたい」という気持ちが強くあり、それに向かって突き進んでいったのです。世の中全体のワークモチベーションは、単一、統一だったということです。今の中国に近い状況と言えるでしょう。

しかし現代は、一人ひとりの豊かさが増したことで、ワークモチベーションも多様化しました。

「なぜ働くのか?」「何のために働くのか?」という問いに対する答えが、「お金のため」だけではなく、「人に貢献したいから」「誰かに認められたいから」「自分が成長したいから」「自分を表現したいから」などと多様化してきているのです。

また、最近はダイバーシティの推進を急ぐ大手企業が増えてきています。性別、価値観、ライフスタイル、働き方などが異なる人材を広く集めていこうとする試みであり、それによってもワークモチベーションの多様化はどんどん拡大しています。企業ごとに規模の大小はありますが、こうした流れが今後さらに拡大していくのは間違いないでしょう。

そこで必要になるのが、こうした異なるワークモチベーションを持つ人々を、一つに束ねる統合力です。具体的には、理念やビジョンをきちんと言語化して示すこと、その浸透策として社員総会などを行なうこと、あるいは社員旅行や社内運動会などを開催して一体感を育てたり社員満足度を高めたりすることです。

本来、多様化すればするほど統合力をつけるほうにも同じだけのエネルギーをかける必要があるのですが、現状ではダイバーシティを推し進めている企業のほとんどが、統合力のほうはあまり手をつけられていないようです。

「そこを補いたい」「もう一度きちんと多様性を束ねたい」という当社へのコンサルティングの依頼が、ここ2~3年で急増しています。それだけ、多様性を束ねるのに苦労している企業が増えてきているということでしょう。

表現を変えれば、「人材をマネジメントする難易度が、昔より飛躍的に高まった」ということです。

かつては終身雇用、年功序列が中心だったため、目の前の自分の部下が明日辞めるかもしれないなどということを、考えずにすんだわけです。しかし今は、パソコンで検索をすれば、さまざまな転職情報に触れることができます。つまり、人材が流動化していて、辞めるのも簡単になっているのです。

そこに加えて、経済のソフト化、サービス化。つまり、第三次産業のGDP比率がどんどん高まってきています。人材資源にまつわるアイデアとか、ホスピタリティとか、モチベーションといったものが、企業の競争優位を分かつ時代になってきているのです。優秀な人材の価値が、以前よりも高まっているということです。

さらに現代では、商品のサイクルがどんどん短期化して、新たなビジネスモデルや新商品が、すぐに模倣されたり陳腐化したりして、入れ替わっていきます。こうした変化に素速く対応でき、新商品をどんどん生み出していくことのできる人材を集めたり、企業文化を育んだりすることが急務になってきています。

これらの要素から、「これからの企業は、これまで行なってきた競合他社との顧客獲得競争に加えて、よりよい人材を確保し、最大限の成果を出しつつ働き続けてもらうことが至上命題になる」ということが見えてきます。ひと言で言えば、「働く人から選ばれる企業にならなければならない」ということです。

そして、選ばれるだけではなく、「やりがいを感じながら、高いモチベーションで、使命感を持って働いてくれるための魅力づけ」を企業のなかで行なっていかなければなりません。

現にそれを怠ったことで、店舗を閉めなければならなくなった、24時間営業ができなくなった、新規事業が立ち上げられない、といったことが、サービス系産業を中心に出てきているのです。

「経営の神様」と呼ばれた幸之助さんにまつわるさまざまなエピソードのなかには、このような時代の変化にまったく影響を受けない、普遍的な人材マネジメント術が散りばめられています。

これからの時代は、人材マネジメントに長けた人が社会的に重用される時代です。

具体的には、人に気づきを与えて行動を引き出すコミュニケーション力と、感化力を身につけた人材です。

そして、こうしたマネジメント力やリーダーシップ力は、実は誰でも磨くことができます。

幸之助さんのように、経営の神様やカリスマと呼ばれるような人でなくても、その意味をきちんと理解し、実行に移していけば、必ず身についていくものなのです。

※本記事は、小笹芳央著『松下幸之助に学ぶ モチベーション・マネジメントの真髄』より、一部を抜粋編集したものです。

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