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生き方

シシガミが「生と死をつかさどる」と言われるゆえんは?~『もののけ姫』で哲学する

小川仁志(哲学者/山口大学教授)

2017年07月20日 公開 2022年12月15日 更新

シシガミが「生と死をつかさどる」と言われるゆえんは?~『もののけ姫』で哲学する

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“水”とはなにか?

私たちの生活に水は欠かせません。人間とは水に依存して生きている存在だといっても過言ではないでしょう。そもそも私たちの体は、ほとんどが水分で占められています。水がなくなったら人間は死んでしまいます。水は命の源なのです。

『もののけ姫』でも、水はやはり不思議な力を持つものとして描かれています。シシ神の棲む森の湖には、傷を癒す不思議な力があります。呪いのかかったアシタカの腕の発作も、その水につけることで治おさまりましたし、鉄砲で受けた傷さえ消えてしまいました。

そこまで不思議なことはなくても、普通の水だって人間の生命力を回復させます。モロ一族に襲われ瀕死の重傷を負った男も、水を口にして息を吹き返しました。私たちだって夏の猛暑日には、水を一口飲むだけで元気になることがあるものです。

これは水分でできた人間の体に、新しい水分が注入され、ひいてはそれが細胞をより新鮮にするからでしょう。生きている限り、人間には新しい水が必要なのです。

人が水のきれいなところに住む傾向があるのはそのためです。そして水が汚れると違う場所に移り住む。それだと住む場所がなくなってしまうので、最近ようやく水をきれいにするという発想を持つようになりましたが。

また、水には洗い流すという効果もあります。体の汚れや傷口を洗い流すのです。これによって体を清めることができます。それは物理的に外部のばい菌から体を守る役割を果たしています。

さらに、神道では水によって悪いつきものを清めるということもなされます。

水は目に見えない精神的なものも洗い流してくれるという意識があるからです。

水は神でもあるのです。

そういえば、万物の根源は水だといった自然哲学者もいました。古代ギリシアのタレスです。万物の根源とまでいえるかどうかはわかりませんが、少なくとも水が生命の根源であるのはたしかです。

宇宙でも、水分があることが生命体が存在するための条件であるとされていますし、地球上の生命も海から誕生しました。

私たち一人ひとりの誕生を見てみても、最初は母親の胎内の羊水の中に浮かんでいたのです。羊水に包まれていたといったほうが正確でしょうか。そう、水は私たちを包み込みます。1ミリの隙間もなく。

これは水の特徴の一つです。水は自由に形を変えることができるのです。だから隙間なく人間を包み込むことができるわけです。

しかし、この水が、逆に私たちの命を奪うこともあります。それは水が気管に入った場合です。

水と同時に酸素を必要とする人間は、1ミリの隙間もなく気管や肺を水で埋め尽くされると、命を失ってしまうのです。

その意味では、水は命の源であると同時に、命を奪うものでもあり得ます。人は生きるために水を飲みますが、死ぬためにも飲む。入水自殺がその例です。

シシ神は森の湖に棲む神であり、生と死をつかさどるといわれています。奇しくもそれは水の二つの側面を象徴しているといっていいでしょう。

もしかしたら、「水」はすべての始まりであると同時に、すべての終わりであるといえるのかもしれません。

※本記事は、小川仁志著『ジブリアニメで哲学する』(PHP文庫)から一部を抜粋編集したものです。

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