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中国経済の将来像を読み解く5つの視点

津上俊哉(中国経済評論家)

2017年08月14日 公開 2017年08月16日 更新

「やはり次は中国の時代」か?

市場経済原理、民主・自由・人権といった普遍的価値観は、世界が年月をかけて試行錯誤しながら産み出してきた。とくに約80年前にはこの価値観の逆を行って、とてつもない災禍をもたらした痛切な反省もあった。以来、国際社会成員の多数が裨益し納得してきた考え方だ(国際公共財と呼んでもよい)。しかし、トランプが標榜する「アメリカ・ファースト」は、「そういう国際公共財を供給する仕事はもう止めた」「弱肉強食式の世界に戻りたい」というのに近い。

「そうすれば楽になる、得になる」という考えの浅はかさ。米国は当たり前でタダだと思っていた秩序が壊れてから、実は大切なものを失ったことに気付くことだろう。トランプにせよ米国の国民の半分にせよ、考え方が根本で間違っているのだから、振り子はやがては元の場所に戻ってくることと思うが、その復旧には時間がかかりそうだ。

そうして米国が勝手に退場した後に生じるリーダーシップの「真空」を中国の習近平が埋めようとする……2017年5月に北京で開かれた「『一帯一路』国際協力サミットフォーラム(人民網日本語版)」をめぐって、そんな論調が再び盛んになってきた。

たしかに、中国の国際的影響力は今後も増大する。日本はその現実から目をそむけてはいけないが、同時に卑屈になったり悲観的になってもいけない。この変化は一本調子ではないし、その先にはさらなる変化があるからだ。

米国が抜けた後のリーダー席に中国が座るには、控えめに言っても山ほど課題がある。まず中国が拠って立つ理念が何なのか、これまで国際社会が共有してきた価値観や理念をどこまで共有するのかがはっきりしない。

市場経済は、根本において自由で平等な立場に立つ多数の市場参加者が競争することで成り立つ仕組みだが、いまの中国の国有企業政策は、その真逆をいっている。中国は「世界の自由貿易体制を守れ」とも言うが、THAAD(終末高高度防衛)ミサイル配備問題では、用地提供に応じた韓国企業ロッテが、配備に反対する中国から理不尽なバッシングを受けた。中国がWTO(世界貿易機関)のような自由貿易体制下で約束した市場アクセスは、中国のご機嫌を損じると取り上げられてしまう「恩恵」のようなものでしかないらしい。中国は国際秩序についても「いまより平等な国際社会」を標榜するが、小さな途上国との揉めごとが起きると、「小国が大国に向かって無礼な口をきくな」と差別意識が剝きだしになるのも中国の悪い癖だ。

全体として、中国の言動からはハイエラーキカルな(=タテ型の)感覚が滲み出ている。

米国に対して深い劣等感を隠せないのも、「いちばん上に立ちたい」という渇望のなせるわざだろう。周辺のアジア諸国に対しても「力も強くなったし豊かにもなってきたから、周辺の国々には良くしてやりたいが、中国に礼を尽くすことが条件だ」というタテ感覚が感じられる。

習近平の公約「中国夢」が目標としているように、新中国建国百周年に当たる2049年まで高めの経済成長を続けて、経済力で米国を完全に凌駕するところまで到達できるのなら、その経済力にものを言わせて、世界の秩序と理念を「中国が頂点に君臨するタテ型」に改造していくことも可能かもしれない。「チャイナ・マネー」といった神通力が働いているかぎりは、残りの世界も中国に「礼を尽くす」だろう。

残念だが、その可能性はないと言わざるを得ない。中国経済の半分は「根腐れ」を起こしているような状態だからだ。
 

短期の崩壊は考えられないが、長期の見通しは悲観的

中国経済論評の要約

ここでいまの中国経済について、私の見方を簡単に要約しておこうと思う。

マルクス主義には「(経済という)下部構造が(政治や社会意識という)上部構造を規定する」というテーゼがある。マルクス主義は既に歴史でしかないが、このテーゼの持つイメージは、立場や時間を超えて強い訴求力を保っている。

とくに、中国という国の将来、その影響力を論ずるときは、経済の先行きについてしっかりした仮説・見方を持っていないと、「AとB、両極端のどちらも可能性がある」といった、焦点の定まらない内容になってしまいがちだ。よって、ここで中国経済の将来像はどんなものかを簡単に触れておき、参考にしていただきたいと思う。

1)2スピード・エコノミー
「どこもお先真っ暗」ではない いまの中国経済は2つの異なる経済が同居する、明暗まだらの状況にある。
消費、サービスの領域では新しいIT技術、シェアリングエコノミーといった新しいビジネスモデルを使った私営企業中心の「ニューエコノミー」が急速に成長している。この分野では、既に日本は凌駕されていると思った方がよい。
一方、重厚長大・原料素材といった領域では、国有企業が中心の「オールドエコノミー」が投資バブルの生んだ過剰な設備や負債を抱えて著しい苦境に陥っており、リストラが必須である。
中期的な成長の見通しは、ニューエコノミーの育成、オールドエコノミーのリストラの2面にわたる今後の改革の進捗度合いによりけりだ。前者はそこそこ進展しているが、後者は停滞というよりむしろ逆行している。国有企業が中国共産党の既得権益の核心部分だからであり、権力を確立した習近平の手でも進展は期待薄だ。という訳で、今後の経済改革は「片肺飛行」になりそうだが、それでは米国のGDPは追い抜けない。

2)投資バブルの始末を先送りして過剰債務化
中国経済は2009年以降投資バブルに突入した。投資が爆発的に増大している間は高成長を謳歌したが、その過程で、お金をたくさん借りるオールドエコノミーを中心に、効率の悪い不良資産と弁済の目処が立たない不良債務が積み上がって、国全体のバランスシートが大きく傷んでしまった。
経済はもうバブル後のステージに入っている。本来なら、特別損失の計上、債務不履行、破産といった「バブル崩壊」の症状が顕在化するはずだが、中国はそれを新たな信用を供与する(お金をじゃぶじゃぶにする)ことで掩蔽してきた憾みがある。そうして償還されない借金を重ねた結果、国有セクターを中心に負債がどんどん積み上がる「過剰債務」のリスクが深刻化しつつある。

3)日本と同じで急な崩壊はないが、未来が犠牲になる
投資バブルでバランスシートが傷んだ後は、低成長のいっときを我慢して傷を癒やすことを余儀なくされるのが市場経済の法則だが(これを「バランスシート不況」という)、中国は成長が減速する度に、さらに借金を増やして不動産や公共投資のアクセルを踏む政策運営を続けている。
日本も1990年代後半に公共投資で成長を下支えした。海外から借金する必要のない資本輸出国が負担を(中央)政府財政に集中させる日本式をやれば、経済が簡単に破綻することはない。中国も公共財政に負担を集中させる余地はまだあり、現に20年前の日本に似た状況になりつつある。
そう考えると、「中国経済が今にも崩壊する」かのような見方は極端すぎるが、「6.5%以上」の成長を目指すような従来の政策を続ければ、どんどん中国の未来が犠牲になるから、バブル崩壊の現実を見据えて、早急に舵を切るべきである。

4)元安・資本流出――中国経済だけでなく世界経済の問題
中国人が経済先行きを悲観し始めたせいで、人民元安と「資本流出」が起きているが、大半は中国企業・個人が元建て資産を外貨建てに持ち替えたり、外貨建て負債を繰上償還した結果である。海外投資家が資金を引き揚げたせいで、経済破綻に追い込まれた国が出た1997年アジア金融危機とは事情が異なる。
昨年来の元安・資本流出は、資本規制を再強化したことで小康状態に入ったが、今後の中国の資本流出は、大きすぎても元安が再燃して周辺経済への影響が懸念されるし、資本輸出を制限しすぎると、国内のマネーが行き場を失って、資産バブルが激化することが懸念される。問題の背景には国内の過剰貯蓄の存在があり、圧力を減圧するために、中国から海外への資金還流も検討すべき時期が来ている。

5)長期的には少子高齢化で成長停滞が不可避
一人っ子政策は廃止したが、大幅な人口増は見込めない、長期的には労働人口比率減少による成長停滞が避けられない運命にある。

以上を一文で総括すれば「短期の崩壊は考えられないが、長期の見通しは悲観的」になる。

最後にこのイメージを元に、中国の総合国力の将来を考えたイメージ図を掲げておく。私は、中国の国際的影響力は短期的にはさらに上昇すると考える。理由は2つだ。

1つは、過去20年間、中国の国際的影響力も増大したが、経済力はそれをはるかに上回って増大したことだ。両者を相対比較すると、国際的影響力の方が大幅な過小評価になっている。だから、仮に経済力が翳り始めても、国際的影響力の方は「遅ればせ」式に伸び続ける余地がある。

もう1つは、国際的影響力は他国との相対評価も必要だ。トランプ政権のように、米国が果たしてきた世界リーダーたる地位を自ら降りるといった事態が起きるなら、中国の地位は必然的に上昇する(「不戦勝」事態)。

しかし、「経済=政治や外交を決定する下部構造」というイメージに従って中長期の未来を展望すれば、中国経済が今後活力を失っていくにつれて、国際的影響力もやがて下降すると考えざるを得ない。我々は、中国の国際的影響力が今後も増大し続ける心の準備をしなければならないと同時に、「数十年先にはまた様子が変わる」という視点も持つべきだ。

本書は中国の命運について、以上のようなイメージを前提としながら、論を進めていく。

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