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生き方

『男はつらいよ』と渥美清さん~倍賞千恵子の現場

倍賞千恵子

2017年07月26日 公開 2017年07月28日 更新

寅さんのアリアにハーモニーをつける

『男はつらいよ』の第1作目のときは忘れられません。初めてセット入りして、寅さんが登場するシーンです。

渥美さんのお芝居は、最初のホン読みのときから、もう飛びぬけて面白かった。葛飾柴又のお団子屋さんの「とらや」(第40作以降は「くるまや」になります)の茶の間に役者さんたちが集まります。

寅さんのセリフは渥美さんの頭の中にすべて入っています。山田さんの台本に渥美さんが時々アドリブを入れると、どんどん場面が膨らんでいきます。そのテンションの高さ、面白さにみんな吹き出しました。

セリフを聞いているうちに、寅さんの世界がパーッと広がっていきます。それに引き込まれて、周りの役者がお芝居をする。それに応じてまた渥美さんが語る。そこは役者同士が響きあう真剣勝負の場です。

リハーサルでのアドリブが面白ければ、それをどんどん本番に取り入れていきます。現場には大きな声が飛び交って、笑いが絶えませんでした。

『男はつらいよ』の撮影で私がいちばん好きだったのは、とらやの茶の間で、お兄ちゃんを中心に、おいちゃん(森川信さん、松村達雄さん、下條正巳さん)、おばちゃん(三崎千恵子さん)、博さん(前田吟さん)、さくらさん、裏の印刷工場のタコ社長さん(太宰久雄さん)が世間話をしたり言い合ったりする場面です。

とくにお兄ちゃんが旅先から柴又に帰ってきて、みんなにみやげ話をするシーン。台本を読んで自分なりに想像してはいるけれども、これを渥美さんはどんなふうに表現するのかな、といつも楽しみでした。

そして目の前で渥美さんが、あの艶のある声とキレのいい語り口で話す旅の話を聞いているうちに、お兄ちゃんがどんなところに行って、どんな人に会って、どんなことがあったのか、自然に情景が浮かんできて、心地よくその世界に入っていけるんです。

山田監督がおっしゃっていました。

「この茶の間のシーンは、周りでコーラスを歌っていると、寅さんが帰ってきて、合唱の中で一人、アリアを歌う場面。君たちはそれにハーモニーをつけるんです」

ああ、なるほどなぁ。確かに渥美さんの歌うソロはきれいです。その言葉は心地よく響くだけでなく、きっちりと心に入ってきて、極上のアリアを聴いている気分になります。

だったら私はここをどんなふうに歌えばいいのかなぁ。そんなふうに思いをめぐらしながら、やがてそれが二重唱にも三重唱にもなって場面が膨らんでいくのです。

初めのころは、すべての撮影が終わると熱海のホテルで打ち上げがあり、すき焼きを食べながら、ひと晩みんなで過ごしたものです。そこで渥美さんが語って聞かせてくれる話が、やっぱり壮絶に面白かった。ふだんはおとなしくて静かな渥美さんが、そんなときは途端に生き生きして語り出します。

浅草の芝居小屋に出ていた時代。楽屋には一升瓶があって、みんな一杯ひっかけて舞台に立つ。芝居で殺され、いったん楽屋に引っ込んだ役者たちが、なるべく舞台に出たいものだから、額に三角巾をつけた幽霊になって登場する。みんな次々に生き返り、そのうち舞台が手狭になって、客席にまであふれ出して大騒動――。

渥美さんが話し出すと、その情景が映画のように浮かびました。それは寅さんがみんなにアリアを聞かせる姿と一緒。渥美さん自身、そんなふうにみんなを笑わせることが心から好きで、楽しくて、うれしくて仕方がないという様子でした。ノリに乗って語るうちに自分でもおかしくなって、ときには顔を真っ赤にして笑っていましたね。

渥美さんは自分の役者としての才能をよく知っていたし、その中で何を表現すればどう出るかがわかっていたと思います。『男はつらいよ』以前にも、私は渥美さんと何度も共演していますが、渥美さんは寅さんの世界に出会って、自分の持っている才能を全面的に開花させたんじゃないでしょうか。

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