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仮面ライダーと日本経済

上野泰也(みずほ証券チーフマーケットエコノミスト)

2010年12月06日 公開 2022年12月20日 更新

上野泰也

経済が伸び盛りだったころを懐かしむ?

 アクションヒーローの代表格である仮面ライダーが、リバイバルでブームを巻き起こしている。

 仮面ライダー1号が着けていた変身ベルトを複製した製品は、3万円を超える高価格にもかかわらず、中高年を中心によく売れたという。あるメーカーの缶飲料自動販売機には現在、「仮面サイダー」が並んでいる。ライダーシリーズのキャラクターを缶のデザインにした100円のサイダーだ。筆者も小学生のころ、仮面ライダー1号・2号の活躍を毎週楽しみにし、ライダースナックのおまけについてくるカード集めに熱中した世代に属している。自宅に飾っている仮面ライダーのフィギュアを、テレビ東京の経済番組に生出演した際に披露したこともある。

 では、仮面ライダー、しかも初期の1号・2号がなぜ、21世紀のいまになって人びとを熱狂させているのだろうか。むろん、筆者を含む中高年世代が昔を懐かしむ年齢や心境になっただけで、ほかのさまざまなリバイバルブームと同じだ、とあっさり片づけてしまう人もいるだろう。しかし、いまあらためて、仮面ライダーを大人の目で、あるいはエコノミストの目でみてみると、さまざまな発見がある。そして、ライダー人気の裏側には、日本経済が斜陽の時代に入ってしまったなかで、まだ伸び盛りで元気だったころを懐かしむムードがあるように思えてならない。

 1号・2号が活躍した『仮面ライダー』の、第1話が放映されたのは1971年4月3日、最終の第98話が放映されたのは73年2月10日である。10%前後の実質GDP成長率が当たり前だった日本経済の高度成長期が終わり、4%程度の安定成長経路へとシフトダウンしたきっかけは、73年10月に発生した第一次オイルショック。仮面ライダーの放映は、その半年ほど前に終了していた。

 ただし、ライダーの放映期間中に起こった、非常に重要な経済イベントが一つある。それは、71年8月15日の「ニクソンショック」。米国のニクソン大統領がドルと金の兌換(交換)停止を突如発表した出来事で、これをきっかけに、主要国の為替相場は固定相場制から変動相場制へと移行していった。

 戦後、日本経済が輸出の増加をテコに復興していくうえで、ニクソンショックまで戦後長く続いた1ドル=360円という固定相場が果たした役割は大きかった。当時の世相・風俗を紹介した本を読んでいたら、子供のなぞなぞにこんなものがあった。「ハンドルの値段はいくら?」。おわかりだろうか。答えは「180円」。ハンドル(半ドル)、つまり360円の半分だから、180円である。

 ニクソンショックのあと、主要国間の為替相場は変動相場制に移行していった。そして今日に至るまで、円高は日本経済のウィークポイントであり続けている。

 IMF(国際通貨基金)を中心とするブレトンウッズ体制の下で、日本を含む主要国はニクソンショックまでの期間、金為替本位制を採用していた。これは、金本位制の一種ではあるものの、対外決済目的で日本やドイツなど各国が保有する準備が、金そのものではなく、金との兌換を米国政府が確約しているドルという基軸通貨になっているシステムである。

 日本が保有する金がテーマになった話が、仮面ライダーにはある。71年5月29日に放映された第9話「恐怖コブラ男」と、翌週に放映された第10話「よみがえるコブラ男」だ。世界制覇をたくらむ悪の秘密結社であるショッカーは、日本や米国、英国が保有している金を強奪する計画を立てる。まず日本、そのあと米国、英国。大蔵省(現・財務省)金保管所にある金塊の強奪を図り、仮面ライダーに阻止されて失敗したショッカーは、次は、日本各地から大蔵省金保管所に集められ、横浜港からプレジデント号で国外に輸送されようとしている数十億円相当の金塊を、再生させたコブラ男に襲わせる。このストーリーはもちろんフィクションだが、エコノミストとして、ここは真面目に思考を展開してみることにしよう。

 まず、ショッカーはなぜ金を奪おうとしたのだろうか。現代に当てはめれば、彼らはアルカイダのようなテロ組織である。改造人間(怪人)を使った各種のテロ行為で社会を混乱させたうえで、支配権を確立しようという戦略のようである。そして、ショッカーには世界各国に支部がある(ちなみに、第40話から登場するショッカーの大幹部である死神博士は、金取引が盛んなチューリヒにあるスイス支部から来たという触れ込み)。打倒すべき米国の中央銀行当局が発行しているドル紙幣を活動の資金源にするのではなく、政府・中央銀行がなくなっても価値が保蔵される金にショッカーが目をつけたことには納得がいく。

 では、大蔵省の金は、わざわざ日本各地から集めてまで、なぜ国外に輸送されようとしていたのだろうか。番組ではこの点に関する説明はまったくなされていない。

 まず考えられるのは、日本の経常収支が大幅な赤字になって、保有する金が国外に流出するという、金本位制の下での教科書的な動きである。ただし、すでに述べたように、当時の日本は金為替本位制であり、対外決済には外貨準備のドルを用いたはずである。また、仮に金の所有権を他国に移転する必要が生じたとしても、日本の金準備の多くは、米国の二つの金保管施設(ニューヨーク地区連邦準備銀行の地下金庫か、ケンタッキー州フォートノックスの金保管所。前者は映画『ダイハード3』に、後者は映画『007ゴールドフィンガー』に登場した)に預託されていたと考えられるので、その所有権移転手続きをとれば足りる。金の現物を大量に輸送する必要は、普通は生じないはずである。とすると、日本の経常収支が何らかの原因で巨額の赤字になり、ドル準備や海外に預託されている金では足りず、全国から金をかき集めて輸送までする必要が生じたのだろうか。

 なお、国内での厳戒下の金大量輸送という出来事は、その後、現実に起こった。日本の金貨製造は1932年の20円金貨から54年間途絶えていたが、1986年になって天皇陛下在位60年の記念金貨が製造された。このときに海外から輸入された金塊223トンを大阪にある造幣局に運び込む作業は、厳戒態勢の下で行なわれ、人びとの関心を集めた。

「少年ライダー隊」から「老人ライダー隊」へ

 さて、ショッカーの悪巧みを阻もうとする仮面ライダーが、番組には必ず毎回登場し、怪人との死闘を繰り広げる。舞台になったのは、ダム、建設現場、造成中の宅地、団地、遊園地など、高度成長期の日本を代表する、どこか懐かしい風景の数々である。

 番組が開始された71年当時の人口構成を調べてみた。総人口は1億515万人。人口が1億人を突破したのはその4年前、67年のことだった。うち0~14歳が24%、15~64歳(生産年齢人口)が69%、65歳以上がわずか七%である。一方、2010年10月の人口推計月報をみると、総人口は1億2738万人。うち0~14歳が13%、15~64歳(生産年齢人口)が62%、65歳以上が26%。子供が大幅に減る一方、65歳以上の高齢者の比率が4倍近くになったことがわかる。そういう意識を抱いて仮面ライダーをみてみると、たしかに街行く人びとがいまよりも若く、子供が多い一方で、お年寄りが少ないように感じる。

 また、画面に出てくる道路にはクルマが少ないし、カーチェイスの場面は舗装されていない道でのものも多い。調べてみると、71年度の日本の保有自動車数は2122万台で、7900万台前後である09年12月末時点の3分の1未満。舗装道(簡易舗装を含む)の総延長は、71年度には22万6189!)で、08年4月1日時点の95万3805!)と比べると4分の1未満だった。当時はまだ、国内で自動車の販売台数が飛躍的に増大する余地が十分あり、道路整備という公共事業についても増やしていく余地が大きかったことがわかる。それらの点で、当時の日本はちょうど現在の中国のような立場だった。

 ちなみに、財政事情はきわめて健全だった。71年度の一般会計当初予算をみると、総額は9兆4143億円で、国債発行額は4300億円(すべて建設国債で、赤字国債はゼロ)。国債依存度は4.6%にとどまっていた。歳出のうち公共事業関係費は1兆6656億円で、全体の17.7%である。一方、2010年度の一般会計当初予算では、総額は92兆2992億円で、国債発行額は44兆3030億円(大半が赤字国債)。国債依存度は48.0%である。歳出のうち公共事業関係費は5兆7731億円で、全体の6.3%へと比率は下がっているが、代わりに、高齢化の進展などを背景に社会保障関係費が膨張している。

 日本という国が若かったことを象徴するように思えるのが、放映の後半に登場する「少年仮面ライダー隊」だ。各地の隊員がショッカーの不穏な動きを察知すると、伝書鳩で本部に連絡するのである。現在なら、こうした組織は子供の少なさゆえに成り立たないのではないか。現代版を考えるなら、「老人仮面ライダー隊」であろう。

 ライダー隊は一種のNPOである(内閣府によるNPOの定義は「ボランティア活動などの社会貢献活動を行なう、営利を目的としない団体の総称」)。高齢者の雇用を増やして活躍してもらう場になりうる。しかも、現在では携帯電話という便利な通信手段が普及しており、GPS(全地球測位システム)も使えるので、本部との連絡や位置確認は、格段に行ないやすくなったといえよう。

 このように、仮面ライダーというフィクションの世界のなかで思考を巡らせてみると、日本という国が落日のステージに入ってしまったことを、あらためて痛感する。しかし、日本を八面六臂の活躍で救ってくれる仮面ライダーの登場を現実には期待することができないのが、なんともつらいところである。

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