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伝言、プレゼン、交渉……東大で立ち見授業を生んだ教授が語る「伝える」の本質(2)

上田正仁(東京大学教授/理論物理学者)

2018年05月10日 公開 2023年07月03日 更新

伝言、プレゼン、交渉……あらゆる場面に使える「伝え方」を講義し、好評を博している『東大物理学者が教える「伝える力」の鍛え方』(PHP文庫)。

著者で東京大学教授の上田正仁氏は、継続的な努力を続けることによって、「伝える力」は着実に向上すると語る。では、その力を鍛えるためのポイントとは――。

話題書のエッセンスを2回に分けて紹介するシリーズ、いよいよ後半。
 

「伝える力」は「考える力」の応用編

今回は、「伝える」ことと、「考える」ことの関係について考えてみましょう。

「考える」という行為は、他者にとっては進み具合や成果が見えづらいものです。これとは対照的に、「伝える」という行為は、伝えたい内容が他者によく理解されることが目的です。

また、「考える」という行為は、自分ひとりでできるという意味で自己完結していますが、「伝える」という行為は、相手が存在しないと成立しません。これが、「考える」ことと、「伝える」ことの根本的な違いです。

コミュニケーションは、伝えたいメッセージが何かを明確に意識し、それを相手が置かれている状況を考えながら伝えることで、初めて成立するのです。

拙著『東大物理学者が教える「考える力」の鍛え方』で述べたように、人は何かわからないことがあるということは意識していても、「何がわからない」のかを明確に理解することは、意外にむずかしいものです。創造的な仕事をする人は、問題を解くことが得意な人というよりも、人が気づかないところに問題が存在するということを認識できる人なのです。

同じことは、伝える力についても言えます。自分の考えをうまく伝えるためには、そもそも伝えたいことが何なのかを、明確に意識する必要があります。

「伝えたいことを明確に意識する」ためには、「何がわからないかわからない」という状態を「何がわからないかをはっきりと認識する」ようになることと、同様の作業が求められるのです。

つまり、うまく伝えるためには、あらかじめ自分の頭の中を整理しておく必要があるのです。この意味で、「伝える力」は「考える力」の応用編と言ってよいかもしれません。

ところが、一般には「伝える」ことは「考える」ことよりも、ずっと簡単なことだと思われているのではないでしょうか。「思ったことを素直に言えばいいんだ」とか、「苦手意識を捨てさえすればうまくいく」といったアドバイスを耳にするのも、そんな前提意識があるからでしょう。

しかし、実際にはそれではうまく伝わらない。思ったことを素直に話してうまく伝わらないから悩み、また、それだからこそ苦手意識が生まれるのです。

そう思っている人がたくさんいるから、世の中には、プレゼンや話し方など、コミュニケーションの技術を磨く講座や本であふれているのでしょう。

本書『東大物理学者が教える「伝える力」の鍛え方』の目的は、そのようなノウハウを伝授することではなく、「伝える力」とはいったい何なのかを根本から考え直し、「伝える力」を段階を追って鍛えるためにはどんな工夫をすればよいのかを、議論することにあります。
 

「伝える力」には3段階のレベルがある

「伝える」とひと言でいっても、現実社会でそれがどう実行されるかは、実にさまざまです。伝えたい相手との関係も、伝えたい内容も多岐にわたっているからです。

本書では、「伝える力」を次の3つのレベルに大別して議論します。

レベル1…… 「用事が足りる伝え方」(伝言など、マニュアル通りに伝えられるレベル)
レベル2…… 「聞く気にさせる伝え方」(プレゼンテーション、意志表示など、考える力が必要なレベル)
レベル3……「人を動かす伝え方」(交渉など、創造力が必要なレベル)

そして、最後に、レベルでは測れない永遠の課題として、「人を育てる伝え方」(教育、子育て、部下の指導などの参考として)について考えていきます。

「レベル1」は、さらに「事実を伝える」「用件を伝える」「伝言を伝える」の3つのステップに分かれています。

「レベル1」は「伝える力」の基礎であり、この部分をマスターするだけで、たいていのことは足りるようになります。あらゆる分野における基礎トレーニングと同様に、この部分は、マニュアル通りにしっかりと訓練を積み重ねることによって、着実に力がつきます。

実は、簡潔かつ正確に、伝言が伝えられる人は多くありません。逆に言えば、この「レベル1」の段階をクリアするだけで、あなたの伝える力は、相当なレベルに達することができるのです。

「伝わらない」という悩みをもっている方は、まず「レベル1」をじっくり読み、普段あまり気に留めることのない自分自身の「伝言力」を振り返り、ここに書かれていることを実践してみてください。特に、「用件の幹と枝葉を区別し、幹から話す」ことを心がけるだけで、伝わり方がぐっとアップします。

「レベル2」では、一歩進んで、プレゼンテーションや意志表示をする場合にどうすればよいかを考えます。

ここでは「レベル1」で学んだ基礎のうえに立って、プレゼンテーションや意志表示に必要な要素を考えながら、工夫を積み重ねる必要が出てきます。伝言とは異なり、プレゼンテーションや意志表示は、伝える内容自体が複雑な構造をもっているためです。

そのような複雑な内容を相手に伝えるためには、一方的に伝えるだけではだめで、「聞き手の力を借りて」「聞く気にさせて」伝えることが重要です。そのためには、マニュアル力だけでは不十分であり、そのためにどうすればよいかを「考える力」が必要になってきます。

「レベル3」では、さらに高度な交渉など、インタラクティブな話し合いが必要な場面を想定して議論します。ここで必要なのは、相手が望むこと(本心)をしっかり把握し、それとこちらが望むことをはかりにかけながら、交渉の落としどころを見極めることです。

交渉ごとで認識すべきことは、お互いの要求がしばしば対立するために、最初から決まった「答え」は存在しないということです。主張をぶつけ合うだけでは、交渉を妥結に導くことはできません。相手との交渉の過程で、交渉のはじめにはお互い予期していなかった、よりよい合意点が見出されるような、広い視野に立った思考が要求されるのです。そのためには、答えのなかったところに答えを作り出す「創造力」が必要になってきます。

このように、「伝える力」の3段階のレベルは、『「考える力」の鍛え方』で述べた、「マニュアル力」「考える力」「創造力」にそれぞれ対応していると言えます。

レベル1で「伝言力」という基礎をしっかりと固めることができれば、難易度の高いレベルにも、段階を追って進むことができます。勉強、就活、仕事のさまざまな場面で、プレゼンテーション力や交渉力をアップしたいと思っている方は、レベル2とレベル3の章で述べる事柄を、自分に合った「伝える力」を鍛えるヒントにしてもらえれば幸いです。

自分に合った伝え方を考えるとは、人としての真実味を失わない伝え方とは何かを考えることでもあります。そのことは、自分はいったい何者で、何を目指して生きているのかを考えることにも通じます。自分の気持ちや意志を伝えようと意識的に訓練する過程で、努力したにもかかわらず、思った通りに伝わらなくて、落胆することもあると思います。

そのようなときに大切なのは、決して諦めずに、伝わらなかった原因を冷静に分析することです。なぜ、自分の思いが伝わらなかったのか、そこに自分自身の身勝手な思い込みがなかったのかを自省し、相手だけでなく、自分自身を相手の立場に立って理解する必要があるのです。

この意味で、「伝え方」について考えることは、人との関係において自分の存在を見つめ直すことにもつながります。

 

「伝える力」の最後は人間力

まったく同じことを言っても、伝える人によって、伝わり方に天と地の差が生じます。そこが「伝える」ことのむずかしさであり、奥深さでもあります。

このことを認識しないで単純明快に思った通りのことを口にすると、伝わらないばかりか、大きな失敗にもつながりかねません。

この点で、「伝え方」が最もむずかしい現場が、子育てだと言えるでしょう。

親が子に何かを伝えようとして、きちんと伝わることはめったにありません。

伝わっていると思っていても、子どもにしてみれば「うるさいから黙って聞いているだけ」という場合が、意外に多いのです。こと、子育てに関しては、悩みのない親はいないのではないかと思います。

子を思いながら、それが伝わらないときの親の悩み、切なさ、情けなさは、ほかのケースとは比べものにならないくらい大きいものです。仕事場では理路整然と素晴らしいプレゼンができても、家庭内では子どもとの会話すら成立しない、そんな状況は決して珍しくはないのです。

たぶんそれは、子どもが親の最も身近な、そして、ごまかしのきかない観察者だからなのかもしれません。子どもは親という人間の本質を見抜いているから、真実味のない生半可な伝え方ではダメなのです。親もまた、相手(子ども)の立場に立って話さなくては、子どもには表面的にしか伝わらないのだと思います。ここには、伝えることの奥深さ、永遠の課題が凝縮されているように思えます。

本書の最後では、「人を育てる伝え方」と題して教育と子育てに関する私見を述べますが、これらは本来、「レベル」で測れる類のものではありません。

なぜなら、教育や子育てに正解はなく、それぞれの人がその人独自の道を開拓するしかないからです。

ここでは、「伝える力」とは何かについて考えてきました。よりよく伝えるためには、自分の考えを整理し、伝えたい相手を知り、自分と相手の関係性を理解する必要があるのです。

このように、「伝える力」を鍛えることは、ただ一つの正解を目指すスキルを学ぶことではなく、自分自身を見つめ直し、相手の立場に思いをはせる「人間力」を養うことなのだと思います。

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