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コロンブスがトウガラシを「ペッパー」と呼んだ意外な理由

稲垣栄洋(植物学者)

2018年07月09日 公開 2023年01月10日 更新

コロンブスはわざと「勘違い」をし続けた?

しかし、である。

コショウを求めて航海に出掛けたコロンブスが、コショウの味を知らなかったのだろうか。

もしかすると……と勘繰ると、これはコロンブスが意図的に間違えていたのかもしれないとも思える。

大西洋を西へ進めばインドにたどりつけるのではないかと考えたのは、なにもコロンブスだけではなかった。しかし、本格的な探索には莫大な資金を必要とする。そこで、コロンブスはスペインのイザベラ女王を説得して、多額の資金援助を約束させたのである。

コロンブスがイザベラ女王を説得するために使ったのが、新航路による香辛料貿易の膨大な富と、黄金の国ジパングだったのだ。

こんな大風呂敷を広げて資金援助を受けているのだから、いまさらインドにたどりつけなかったなどと言えるはずがない。そのために、彼はトウガラシを「ペッパー」と言い張ったのかも知れない。そしてコロンブスは、アメリカ大陸発見の後も自分が発見した場所がインドであると主張し続け、黄金の国ジパングを探し続けるかのように、死ぬまでアメリカ大陸の探検を続けたのである。

こうしてコロンブスによってトウガラシはヨーロッパにもたらされた。しかし、残念ながら、コロンブスが苦労して持ち帰ったトウガラシはあまりに辛味が強く、コショウとは風味が異なることから、コショウの代わりとは認められなかった。そして、ヨーロッパの人々はトウガラシを受け入れようとしなかったのである。

 

アジアに広まったトウガラシ

一方、南アメリカのブラジルをポルトガル領にしたポルトガル人たちは、ここでアメリカ大陸原産の植物であるトウガラシと出合った。

ヨーロッパ人に受け入れられなかったトウガラシではあるが、船乗りたちにとってトウガラシは役に立つ植物であった。当時の船乗りたちを悩ませていた壊血病は、ビタミンC不足が原因であった。そのため、ビタミンCを多く含むトウガラシは、長い航海には欠かせないものとして船に積まれていたのである。

そして、ポルトガルの交易ルートによって、トウガラシはアフリカやアジアへと伝えられていったのである。

ヨーロッパの人々には好まれなかったトウガラシであるが、アフリカやアジアでは急速に食卓に取り入れられていった。

辛味のあるトウガラシは、害虫の繁殖などを防ぎ、食材や料理の保存に便利である。しかも、暑さの厳しいアフリカやアジアの国々では、暑さで減退する食欲を増進させるために、さまざまな香辛料が用いられていた。そのため、トウガラシは数ある香辛料の一つとして、無理なく受け入れられたのである。

インドのカレーはもともとコショウなどの香辛料を使っていた。しかし、今ではトウガラシはカレーになくてはならないスパイスになっている。

タイ料理のグリーンカレーやトム・ヤン・クンに代表されるように、東南アジアでは料理にトウガラシをふんだんに使うのが特徴である。また、四川料理のように、中華料理も辛い味のものが少なくない。

栄養価が高く、発汗を促すトウガラシは、特に暑い地域での体力維持に適していたのである。

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植物の魅惑の成分

著者紹介

稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)

植物学者

1968年静岡県生まれ。静岡大学農学部教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所等を経て現職。主な著書に『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)、『植物の不思議な生き方』(朝日文庫)、『キャベツにだって花が咲く』(光文社新書)、『雑草は踏まれても諦めない』(中公新書ラクレ)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『弱者の戦略』(新潮選書)、『面白くて眠れなくなる植物学』『怖くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)など多数。

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