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死刑制度は絶対に必要 奪った生命を何で償うのか

2008年06月08日 公開

岡村勲 (弁護士・全国犯罪被害者の会「あすの会」代表幹事)

《『Voice』2008年6月号より》

どんなにか悔しかっただろう

 私は、「死刑制度」は絶対に必要だと考える。

 生物にとって、人間にとって、命ほど重要なものはない。最高の価値である。100万円を盗んだら、それを償うためには100万円を返さなければいけない。人の生命を奪ったときは、何で償うのか。償いのしようがない。自分の生命を提供して償う以外に、方法がないではないか。私はそう思う。

 そういうと、「犯人を死刑にしたって、殺された被害者が生きて帰ってくるわけではない。だから、生きて償わせればよいではないか」という者もいる。どうやって償わせるのかと問えば、それは遺族に賠償することだという。

 一家の大黒柱を殺された遺族は、たちまち生活に困るから、損害賠償を請求し、賠償金を受け取る権利があることは当然である。しかし忘れてならないのは、賠償金を受け取ったのは遺族であって死者ではないことである。死者は何の償いも受けていないのだ。もし遺族が「1億円をもらったのだから許してやります」といったら、死者の命を1億円で売るというとんでもない話になる。

 死刑にしても、被害者は帰ってこない、そのとおりである。被害者を生還させる方法があるなら、それがもっともよく、加害者を死刑にする必要はないが、生きて帰らせることができないから、遺族は死刑を望むのだ。

 1997年、私の妻は殺害された。私は弁護士として、ある企業を恐喝した男に対して、違法な要求を断固拒否した。逆恨みした男は私を殺そうとして何回もわが家に来て私を狙ったが、私が不在のため妻を身代わりに刺殺したのである。

「亡くなった方は、お釈迦様がおいでになって、きれいな花が咲き、清い水が溢れ、鳥が美しく鳴いているような場所で静かにお過ごしですから安心してください」というような話をお坊さんはいうが、私には信じられない。

 妻は労働省のキャリアだったが、子どもが2人生まれたとき悩み抜いて仕事を辞めた。子ども、私の世話、両親の介護に明け暮れていた。62歳だった。あと何年かしたら、妻のしたいことをすべてさせ、罪滅ぼしをするからと話し合っていた矢先だった。

 夢を奪われた妻が、お釈迦様の前でのんびりしているとは到底思えない。どんなにか悔しかっただろうと思うし、この恨みを晴らしてやりたいと日々思っている。

 本来、「やられたら、やり返す」という応報感情は、種族保存の本能としてすべての生物がもっている。人間とて例外ではない。応報感情がない人間があるとすれば、氷のように冷たい、感受性のない人間ではないか。かわいそうな人の話を聞いて涙を流し、嬉しい話に自分も喜ぶ。人の痛みがわかり、悪を憎む。応報感情を否定すると、人間としての感情を否定することになる。

 自然状態においては、人間は、自然権として復讐権、応報権をもち、仇討ちは当然の権利であった。しかし個人が復讐すると復讐は復讐を呼び、平和が保てない。そこで国家をつくり復讐権、応報権を国家に譲渡し、個人の復讐を禁止した。こうしてできた国家の刑罰権は、被害者に代わって被害者のために行使するもので、被害者からの応報権の信託譲渡であった(社会契約説)。わが国の現行憲法も、社会契約説に立っている。

 国家が個人に代わって応報をするという約束を引き受けたのだ。極論するなら、国家が殺された家族の仇を討ってくれなくなったときは、被害者は信託契約を解除して仇討ちの権利を取り戻してもよいことになる。

 戦争中、治安維持法、特高警察などによって国民の人権は、極度に蹂躙された。戦後生まれた憲法は、この反省に立って、国家からの人権侵害を防ぐことをもっとも大きな柱とした。被疑者・被告人(加害者)の権利については10カ条も定めた。ところが国家から直接侵害される心配の少ない犯罪被害者の権利については書き落とした。ここから問題が始まる。弁護士、裁判官、検察官、学者も、被疑者・被告人(加害者)の権利を守ることだけに終始し、被害者の権利のことを考えなくなってしまった。その典型が、最高裁の平成2年の判決で、刑事裁判は「公の秩序維持のためにやるもので、被害者のためにやるのではない」と言い放つに至った。

 強姦された女性が恥ずかしい思いをしながらも被害を届けるのは、「強姦するような人間が出ないような社会にしてください」と申し出るためというのか。あまりに馬鹿げた考えだ。加害者を処罰してほしいとの一念で訴えているのがわからないのか。これでは、「裁判所が死刑にしないのなら、俺が殺す」という被害者が出ても不思議でない。司法が信託契約を忘れてしまったのだから。

 じつは私も、いわゆる「人権派弁護士」の1人だった。現行の法制度に馴れてしまい、被害者の苦しみ、権利に思いを致すことがなかった。妻を亡くして、初めて常識に立ち戻れたのだ。

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