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社会

「40歳、恋人なし」の氷河期世代が、空を見上げて“こみ上げたもの”

平岡陽明(ひらおかようめい:作家)

2019年10月10日 公開 2020年12月07日 更新

 

そろそろ本当の自分の人生を起動したい

僕は〈仕事〉〈金銭〉〈悲哀〉〈結婚〉〈幸福〉など大まかなカテゴリーを設けて、ピックアップ作業を始めた。

「希望を抱かぬ者は、失望することもない」

これもバーナード・ショーの言葉だった。僕は拾い始めて数日で、この十九世紀生まれのイギリスの劇作家が、どうやら名言の宝庫であるらしいと気がついた。たとえばこんな言葉。

「人生には二つの悲劇がある。一つは願いが叶わぬこと。もう一つはその願いが叶うことだ」

いかにもイギリスの皮肉屋っぽいなと感じた途端、

「正確に観察する能力は、それを持たぬ者からは皮肉屋と呼ばれる」

とやられる。近くにいたら、さぞかし鬱陶しい人だったろう。

ところが「結婚する奴は馬鹿だ。しない奴はもっと馬鹿だ」とか、「結婚を宝くじに喩えるのは間違っている。宝くじなら当たることもあるからだ」なんて言葉を見つけると、案外愉快な人だった気もしてくる。

ちなみに僕の母は、僕が三歳のときに父が「外れくじ」だったと悟り、一人で育てていく覚悟を固めた。父の消息は知らない。

この日も朝から黙々と名言を拾い、気がつくと昼過ぎだった。僕は新鮮な空気を吸うために裏の芝公園へ出た。

ベンチに座り、ぽかんと空を見上げる。
ここの空は不思議と広い。

空に心が吸い込まれているあいだは、自分が一人ぼっちになってしまったことも、晩メシのことも忘れている。

突如、背後に母の気配を感じた。振り向き、誰もいないことを確認して、苦笑いする。【これ】がきたのは久しぶりのことだ。亡くなった当初は頻繁にきたのだけれど。

──去る者は日々に疎しってことかな。

園内では走り回るわが子を追いかけるママさんたちの姿が目についた。僕はもう一度空を見上げ、そろそろ本当の自分の人生を起動したいと思った。

こんな雑念が浮かんだら、休憩を終えるべき合図だ。僕はベンチから立ち上がった。

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