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生き方

「他人を貶めることしかできない人」に共通する“親との関係”

加藤諦三(早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員)

2020年05月29日 公開 2023年07月26日 更新

 

お客様意識から脱却できない人

モラトリアム人間とは、つまり親からの心理的離乳ができていない人間ということである。自分を一人の社会人として自己限定していくということは、親から心理的に離乳し、一人立ちしていくことにほかならない。

どこに就職してもお客様気分、どこにも帰属意識を持てないということは、親に心理的に帰属しているからである。

自分は○○銀行の行員である。自分は△△商社の社員である。自分は□□商店の店員である。自分は××会社のセールスマンである。自分は画家の卵である。自分は作曲家になるべく修業中の身である。

そのように自己限定していくことは、親の保護から脱出していくことである。自分は○○家の息子・娘ではなく、○○会社の社員である、ということは、自分のアイデンティティーは完全に親から離れていくということである。

自分自らの将来を選びとっていく──それは親との関係で得ていたアイデンティティーから、自分個人のアイデンティティーに変わっていくことである。どこにも帰属意識を持たず、自己限定もせず、お客様として生きていくのは、親にまだ心理的にとりこまれているからである。

どこの場においても当事者として行動できない、当事者として責任を持つことを損と感じる、など当事者意識を持てないのは、家と親がアイデンティティーの中核にあるからであろう。

親との共生関係が断ち切れた時、はじめて自分が帰属しているところで、当事者意識が生じてくるのではなかろうか。企業にあって当事者意識を持てないものは、結婚しても、夫であり妻である前に、息子であり娘なのである。

当人にとって、自分の属するところにあって当事者として行動することより、親の眼から見て、息子として、娘として立派に行動することのほうが大切なのである。

親が自分を見ていた見方から、どうしても脱出できないでいるから、どこにいってもお客様意識しか持てないのである。会社に就職しても、実は○○家の息子や娘として、会社員の行動をしているにすぎない。

会社員として会社員の行動をしているのではなく、○○家の子供として会社員の行動をしているのである。

 

人は他人を愛することで、自分を愛するもの

人間は対象において自分を意識する。美しい音楽にききほれる、スポーツに熱中する、絵画に感動する、そのようなことが自分の存在感を確実なものにする。

人生が貧しいとは、その対象が少ないということであり、肯定され方が深くないということであろう。うつ病者とは、他人から肯定されることを求めて世界から否定されてしまった人である。

人間は対象なしには無であるが、うつ病者とは自分を意識する対象が少ないのである。小さい頃、周囲からスポーツの感動を否定されたかも知れない。芸術の感動を否定されたかも知れない。他人といる楽しさを否定されたかも知れない。

そしてその歪んだ否定の価値観を内面化してしまったのではなかろうか。やがて、あんなものはくだらない、と自らも言い出した。

しかし、野球が上手になるなんてくだらない、音楽なんてくだらない、学問なんてくだらない、と言うことは、自分はくだらない、と言っていることだということに気がつかない。

人間は対象なしには無である。自分自身を目的にすることは、無を目的にすることである。対象を大切にすることを通して人間は自分を大切にする。人間は対象を愛することを通して、自分を愛するのである。

恋人を愛することは自分を愛することである。学問を愛することは自分を愛することである。山を愛することは自分を愛することである。人間は無媒介直接的に自分を愛することはできない。

ナルシシストとは、そのできないことをやっている人なのである。ナルシシストは自分を直接に大切にすることによって、最も自分を粗末にしてしまっている。

ナルシシストは自分を直接愛そうとすることによって、自分を殺してしまっている。人間は自分を大切にする程度にしか他人を大切にできない、というのは、そういうことである。

【著者紹介】加藤諦三(かとう・たいぞう)
1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。

 

著者紹介

加藤諦三(かとう・たいぞう)

早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員

1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。

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