2012年02月08日 公開
《『勝つためにリーダーは何をなすべきか~中国古典の名言に学ぶ』より》
人はすべからく事上に在って磨錬し、功夫 (くふう) を做 (な) すべし。乃ち益あり
〔『伝習録』下巻〕
洞察力や先見力を身につけるためには、「歴史に学べ」「古典に学べ」と言いました。しかし、それだけではまだ十分とはいえません。
この上何が必要なのかと言いますと、ここに引いた言葉がそれを物語っています。わかりやすく訳してみましょう。「人は毎日の生活や仕事のなかで自分を磨かなければならない。そうあってこそ初めて効果があがるのである」 というのです。
これは、陽明学を唱えた王陽明という人が語った言葉です。この言葉から「事上磨錬」という有名な四字句が生まれたことはよく知られています。
ご承知のように、陽明学はなによりも実践を重視した思想として知られています。むろん陽明学といえども、歴史に学ぶことや古典に学ぶことを軽視しているわけではありません。しかし、それらにも増して重視したのが、実践を通して自分を磨けということです。
そういうなかから「事上磨錬」という四字句が生まれてきたのですが、いかにも実践重視の陽明学らしい言葉ではありませんか。
この「事上磨錬」ですが、大切なことなので、もう少し、王陽明の語ることに耳を傾けてみましょう。
あるとき、下役人をしていた弟子の一人がこんな感想をもらしました。
「先生はたいへんすばらしい学問を教えてくださいますが、なにしろ私は、帳簿の整理や裁判の審理に追われて、それを実行する暇がありません」
これを耳にした王陽明は、こう語っています。
「私は君に、帳簿の整理や裁判の審理など、日常の仕事を離れて抽象的な学問をせよと教えたことは、一度もなかったはずだ。君には役所の仕事があるのだから、その仕事に即して学問すべきである。たとえば、事件を審理する場合を考えてみよう。相手の対応が礼にはずれているからといって、腹を立てるべきではないし、逆に相手の言うことが如才ないからといって、うかつに気を許してはならない。
また、相手がまわりから手を回しているからといって、へんに意固地になってもいけないし、逆に、柏手の要請に屈して、便宜をはかってやるようなことをしてもいけない。
さらに、煩雑で面倒な仕事だからといって、かってに手を抜いていい加減な処理をしてはいけないし、まわりが非難中傷するからといって、それに引きずられて、処分を決めたりしてはならない。
帳簿の整理や裁判の処理といえども、すべてこれ実学でないものはない。それらの仕事を離れて学問をしようとするのは、役に立たない空学問になってしまうのがオチである」
こう語っています。
つまりは「本を読むだけが勉強ではない。仕事のなかで自分を磨け。それも立派な勉強なのだ」ということであろうかと思います。
ただし、仕事のなかで自分を磨けといいましても、毎日の仕事というのは、よほど激しい変化にでも見舞われないかぎり、同じことの繰り返しが多いものです。そういうなかに身を置いておりますと、どうしても惰性に流され、マンネリに陥っていきます。そうなると、何も身につきません。
そうならないためには、常に問題意識を持ち、気持を引き締め、創意工夫をこらして仕事に取り組む必要があります。そうすれば必ず何かが身についてくるはずです。それを言っているのが、陽明学の「事上磨錬」に他ならないのです。
わかりやすい例をあげれば、たとえば、仕事のコツとか経営の勘です。こういうものは、いくら経営書のようなものを読んで理屈を詰め込んでも、それだけではダメです。また、人の話をいくら聞いても、それだけでは身につきません。
やはり地べたを這いずりまわり、時には悩み、時には苦しみながら、そういう苦労のなかでしか身につかないものです。つまり、現場のなかで苦労し、現実の体験に裏打ちされて、初めて血となり、肉となっていくのではないかと思います。
洞察力や先見力を磨くうえでも、同じことが言えるのではないでしょうか。
わずかな徴候から、風向きの変化を読みとり、「これはやばいぞ」と危険を察知して、患を未然に防ぐ能力というのは、たんなる理論のレベルを遥かに超えています。そういうものもやはり苦労のなかで経験を積むことによって磨かれていくのではないかと思います。
苦労といえば、こんな話を聞いたことがあります。
もう亡くなりましたが、知り合いのなかに、易学、つまり占いですね、易学の理論を科学的に究明する、そんな研究をしていた人物がいました。
その人から聞いた話ですが、まだ易学の勉強を始めたばかりの若いころ、当時、名の売れていた易占いの大家を何人か訪ねてまわり、教えを請うたというんです。
ところが、話を聞いてすぐにわかったのは、どの相手も易の理論についてはたいしたことはなかった。厳しい言い方をすれば、素人に毛の生えた程度だったというのです。
しかし、少し話を聞いているうちに、これまたすぐにわかったことは、皆さんえらい苦労人で、これについては、一人の例外もなかったということでした。
私は占いというものに関心がありませんし、今の易者さんたちがどうなのかもわかりませんが、この話を聞いたとき、「なるほど、そうだろうな」と、妙に納得したことを覚えています。
人生の苦労をなめ尽くした人たちだからこそ、目の前に座った客の顔つきや様子を見ただけで、どんなことに悩み、どんなことに苦しんでいるのか、ピタリと見抜いて、適切な指示を下すことができたのでしょう。筮竹(ぜいちく)をじゃらじゃらさせるのは、もったいをつけるための道具立てにすぎなかったのかもしれません。
苦労することによって人を見る目も磨かれていくという話ですが、近ごろ心配なのは、恵まれすぎた不幸というのでしょうか、経営者でも若い世代は、苦労から逃げる傾向が見られることです。
「楽をしたい」、「楽しく生きたい」という気持もわからないではありませんが、それだけでは人間が磨かれていきません。土壇場になって物を言うのは、苦労のなかで磨かれた人間力なのです。
洞察力や先見力にしても、苦労のなかで磨きあげられていくのだということ。このことを決して忘れないでください。
守屋 洋(もりや・ひろし)
中国文学者
1932年、宮城県生まれ。東京都立大学大学院中国文学修士課程修了。現在、中国文学者として、著述や講演などで活躍中。
著書に、『新編 論語の人間学』(プレジデント社)『右手に「論語」左手に「韓非子」』『日本語力がつく漢詩一〇〇篇』(以上、角川マガジンズ)『中国古典名著のすべてがわかる本』『「韓非子」を見よ!』(以上、三笠書房)『中国武将列伝』『中国皇帝列伝』『[決定版]菜根譚』『菜根譚の名言ベスト100』『「三国志」乱世の人物学』『〈新訳〉大学・中庸』『賢者たちの言葉』(以上、PHP研究所)など多数ある。
『韓非子―強者の人間学』 |
『[決定版]菜根譚』 |
『<CD> 陽明学 生き方の極意』 |
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