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「家康の黒幕説」か「光秀の生存説」か…大河『麒麟がくる』が張った“本能寺への伏線“

前田慶次(名古屋おもてなし武将隊)

2021年01月09日 公開 2022年06月30日 更新

 

織田家、家督問題の真実

「織田家を王家として残す」…信長はこんなことを考えていたのかもしれん。信長は、その活躍ぶりから帝は天皇から権大納言右大将に叙任する。

実質の天下人と、天皇が、世の中が認めた瞬間であった。この官職は偉いだけでなく、源頼朝公以来の叙任。武家の人間であれば、信長が天下に王手をかけたと分かる。それにも関わらず、帝に挨拶に行かない信長。

三条西真澄が岐阜城に訪れ、信長に「京の仕来りに合わせろ」と投げかけ、信長は「家督は嫡男信忠に譲り、京の政は信忠に任す」と伝えた。ここだけを切り取ると、信長は自分のやりたい様に動く為に家督を譲った、と見えると思う。

しかしながら、もっと深い意味がある。まず、嫡男信忠は優秀な息子であった。ドラマで描かれていないが、この前に「岩村城の戦い」があった。この合戦で、信忠は素晴らしい活躍をして織田軍家中の面々も認める働きを見せた。

更に、帝もこれを認めて東北の官職を与える。これも、東北統治を認める立派な官職であった。同時に光秀を始め、家臣達もそれぞれ官職を頂戴して、織田軍は立場的にも公的な力を持つようになる。

その中で、嫡男信忠に家督を譲るのは時も良かったし、何より身内争いを避ける為であった。

戦国時代以前から、武家の一番の問題として挙げられるのは、家督問題。次期当主を決める時は、だいたい身内で揉める。子供自身の意思よりも、周りの大人達の欲深さで争いに発展する。

多くは当主が先立ち、次期当主決めをするとき。信長自身も弟信勝と兄弟争いをしておる。上杉家も御館の乱が起き、足利将軍家も母親が実権を握ろうと争う。

つまり、信長は過去の歴史から「自分が元気で力があるうちに家督を譲り、皆を納得させる」構図を作り、身内争いが起きぬように先手を打ったのじゃ。岩村城の戦いでも結果を出し、官職を頂戴した今がまさに絶好の機会であったということじゃ!

家督を譲ると同時に信長は尾張、美濃、岐阜城を信忠に譲り、近江安土城に拠点を移す。後々、信忠は東北、次男三男も他地域、家臣に九州を統治させるつもりだったのやもしれんな。

 

天王寺砦の戦い、本当は信長が助けにきた?!

ドラマでは、「無鉄砲」を表現してきた信長。今回は石山本願寺勢と織田軍が激突。苦戦する状況に信長が「気合が足らぬ」と喝を入れに来た。そして、視聴者は「うわー信長ヤバすぎる」と口を揃えたであろう?

ドラマでの信長をみると無茶苦茶と思うが、実際は危機的状況の光秀達を僅かな家臣を連れて信長自ら戦場に出て援軍に参り、そこで鉄砲玉に撃たれてしまう。

命をかけて家臣を助けに来た、信長の有名な美談話。『麒麟がくる』は本能寺の変に向かっているため、信長の狂気の沙汰として演出した。

原田家臣に対して当たりが強かったのも、敢えての演出であった。この後に原田家は当主が討死にして、信長から働きを認めてもらえなかった。一族が解体処分となり、家臣達の中で「信長やりすぎじゃろ?」と信頼を失うきっかけにもなった。

いよいよ、終盤に向かう『麒麟がくる』。さまざまな伏線をはってきているのう。

此度の放送にて、本能寺の変の様々な説の取り込みが可能性を高めてきた。天海という、斜め上の説も浮かび上がった。最期まで視聴せねばどうなるか解せぬ、令和最強のドラマである!

次回は「40回 松永久秀の平蜘蛛(ひらぐも)」、視聴者が注目する信貴山城、平蜘蛛、松永久秀が炎と化す。共に楽しもうぞ!

【参考文献】
・大河ドラマガイド 麒麟がくる完結編(NHK大河ドラマ・ガイド)
・信長公記
・「完訳フロイス日本史」(中公文庫)
・麒麟がくる ホームページ

 

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