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社会

ご遺骨収集で抱いた「日本人としての誇り」

野口健(アルピニスト/富士山レンジャー名誉隊長)

2010年08月23日 公開 2022年11月02日 更新

空援隊の新提案により8000体のご遺骨が帰還

 無念にも海外で亡くなった戦没者のご遺骨は、なんとしてでも日本にお帰しすべきである。そこでいま、私が訴えているのは、遺骨収集活動は「オールジャパン」で取り組もうということだ。というのは、社会事情の異なる海外からご遺骨を帰還させるためには、日本が一丸となって相手に強く働きかけないと、物事が進まないからだ。

 私はこの5年間、NPO法人「空援隊」に所属し、約52万人という、海外ではもっとも多くの遺骨が残されているフィリピンで遺骨収集活動をしてきた。日本政府のバックアップがないなかでの活動は、苦難の連続であった。

 たとえば遺骨を発見した場合、現地の村や市の長は、必ずといっていいほど裏金を要求してきた。お金をくれれば遺骨をもっていっていいよ、というのだ。

 この手の話は、遺骨収集にかぎらず海外で活動する団体が必ずぶつかる問題である。昨年も、レイテ島の横に位置するポル島(セブ州)で遺骨を収集しようとしたら、州知事の秘書のような人間がきて「最近、日本からのODAが減っている。ODAがない以上は、遺骨収集はさせない」と、ODAと取引しようとする。

 さらにフィリピンは、考える以上にはるかに危険な場所であった。都市部から離れた、とくに遺骨が残っているような地帯は、数多くのゲリラが潜伏している。日本人が丸腰で行けば、まちがいなく襲われるだろう。2010年3月、フィリピンの外れにあるカラミアン諸島に行ったのだが、島の岸壁までボートで行く際、フィリピンのゲリラ船がすぐに近づいてきた。向こうの船からは銃口がチラッとみえ、緊張が走った。幸い、別のボートで護衛をつけていたので、それをみたゲリラ船はスーといなくなったのだが。

 こういった社会情勢にくわえ、遺骨収集では収集システムにも問題があった。一例を挙げると「鑑定人制度」だ。

 これは一部で疑わしい骨を日本に持ち込む動きがあったために導入されたものなのだが、この制度では、いざ遺骨を発見したとき、日本兵の骨か否かを鑑定する人間が、フィリピン大学のダタール教授だけだった。厖大な数のご遺骨があるなかで、たった一人の鑑定人である彼が一片でも「日本人の骨ではない」との判断を下せば、たとえその他大多数が日本兵の遺骨であっても、すべてが「収集不可」とされていたのだ。しかもダタール氏の鑑定は、根拠が不明で、日本側への十分な説明もなかった。

 すべての骨に関して、「絶対に日本人のもの」と断定できるような科学的根拠を示すことは、きわめて難しい。欧米人かアジア人かであれば、骨格の違いから判別できるが、アジア人のなかで、日本人か朝鮮人かフィリピン人かの「科学的根拠」を示すなど、もともと無理がある。

 そのなかで、ある一つの骨に関して「絶対的な科学的根拠」が出るまで、ほかの遺骨の収集もあきらめるのか。それとも、もし大半が日本兵の骨であるならば、収集を是とするのか。議論が分かれるところだろうが、私は後者の立場である。「一片たりとも日本人以外の骨が混じってはいけない」という理由で、大半の日本兵のご遺骨が放置されたままになっているのは、おかしいと思う。

 だから空援隊は、厚労省に新しい収集システムを提案した。それは、発見された遺骨に関しては、現地の地主や行政のトップの証言をもとに「日本人の遺骨である」との公正文書をつくり、フィリピン博物館に鑑定を依頼する。そこで承認され、マニラの日本大使館に最終的な「日本人の遺骨である」との証明書をもらえば、それで認めようというものだ。

 さらに、遺骨の情報源として現地情報を採用した。現地情報とは、まず日本兵と戦ったフィリピン人ゲリラ兵士。当時、洞窟にいる日本兵の山狩りは、フィリピン人ゲリラ兵士が行なっていた。彼らは当時の状況をとてもよく知っている。

 そしていちばん大きな情報源は、フィリピンのトレジャーハンターである。フィリピンでは、終戦時に山下奉文将軍率いる日本軍がフィリピンの洞窟に埋蔵金を埋めたという伝説が、いまだに信じられている。また当時の軍刀やヘルメットなどの遺留品で程度のいいものは、マニラの骨董品屋で高く売れる。トレジャーハンターは、そういった金目のもの目当てに頻繁に洞窟に入っており、日本人には迷路としか思えない洞窟の構造を完全に把握している。彼らを味方にすれば一気に情報が集まってくる。

 こういった変化が転機となり、空援隊は昨年、約8000体のご遺骨の帰還を果たすという成果を上げた。これで遺骨収集活動も勢いを増す――そう考えていたときに、『週刊文春』(2010年3月18日号)に空援隊への批判記事が出てしまった。

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