[東電] 身を削る覚悟がない電気料金値上げに異議あり
2012年03月28日 公開 2022年10月13日 更新
※本稿は、猪瀬直樹著『決断する力』(PHPビジネス新書)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
2012年1月17日、東京電力は「自由化部門のお客さまに対する電気料金の値上げについて」というプレスリリースで、企業向け電気料金の値上げを一方的に通告してきた(東電ホームページ http://www.tepco.co.jp/cc/press/12011702-j.html)。
それに対して東京都は1月26日に、「根拠不明の電力料金の一律値上げはおかしい」と緊急アピール。石原都知事名で文書を作成して、東電、原子力損害賠償支援機構、経済産業大臣の三者に申し入れた。
それに先立ち、その前夜に僕がツイッターに書き込んだ第一声はこれだ。
東電が値上げの根拠にしている燃料費の増加だが「火力燃料費」「核燃料費」「購入電力料」と書いてあるが内訳がない。具体的に示せ、といっておいたがいまだに不明。東京都は大口需要家として、東京の都市経営に責任ある行政主体として、また主要株主として、これでは値上げに応じられない。(2012 / 01 / 26‐0:06)
このツイートは800近いリツイートを集めて、またたく間に拡散され、世間の関心の高さをうかがわせた。
東電の値上げ資料への疑問
東電の資料によれば、電気料金値上げは「燃料費等」の負担増加を根拠としている。
まず、「燃料費等の増加分単価」として、1キロワット時あたり3.22円の値上げが必要だと、東電は主張する。いっぽうで、「経営合理化によるコストダウン分単価」が0.71円だけ確保できる。差し引きで 2.51円を利用者に転嫁する。消費税込みで一律2.6円の値上げだ。
しかし、東電の値上げの説明には疑問を抱かざるを得ない。ひとつめの疑問は、「燃料費等」の内訳についてである。
東電によれば、2008年度の2兆3700億円から、2012年度には3兆500億円まで、6800億円の負担増加が見込まれるという。原発が使えず、その分の火力燃料費の負担が増すというのだが、「燃料費等」の中身については「火力燃料費、核燃料費、購入電力料など」と書かれているだけで、具体的な内訳がまったく示されていない。
中身もわからないのに、コストが膨らんだから値上げしますというのでは、とうてい納得できない。
「購入電力料」については、電力不足に対処するため独立系発電所から高い値段で電力をかき集めたためコストが上がった、と述べているが、具体的な価格は隠されている。独立系発電所からいくらで買ったのか、他の、東北電力や中部電力などから購入した分がどのくらいなのかについても、明示すべきである。
もうひとつの疑問は、コストダウンの実態についてである。東電は原子力損害賠償支援機構と共同で、緊急特別事業計画に基づく「改革推進のアクションプラン」を策定し、2011年度以降10年間で2兆6000億円以上のコストダウンを目指して最大限取り組むとしている。
ところが、実施・計画中のコストダウン方策として挙げられているのは、人件費削減、福利厚生の見直し、企業年金の削減、諸経費の削減など、項目が列挙されているだけでまったく具体性がない。
2012年度には経営合理化で 1900億円をコストダウンすると言っているが、売上高5兆円企業としては少なすぎるのではないか。売上高の4%程度を削るだけならどこの企業でもやっている。東電の差し迫った状況からすると、足りないと言わざるを得ない。
子会社の本社移転などで約100億円の削減効果
東電の話が怪しいと思って調べてみたら、ファミリー企業が都心の一等地で事業を展開している実態が判明した。有価証券報告書に記載されている東電の連結子会社168社、関連会社97社のうち、住所の記載がある子会社は40社。うち24社が都内に本社を構えている。さらにそのうち17社が至便な都心5区(千代田区、中央区、港区、渋谷区、新宿区)に立地していた。
この17社の推定賃料を合計すると年間34億円にもなる(自社ビルおよび一部所有権を持つビルについても、すべて周辺相場で賃貸していると仮定して計算)。これを、たとえば品川エリアに移転し、子会社を整理・統合で半減すれば、14億円まで下げることができる。年間20億円の削減である(平均的な地価のオフィスエリアとして品川エリアを想定したもので、もっと地価の安いオフィスエリアに移転すればさらに削減可能)。
さらに東電所有のオフィスビルを売却すれば、コストダウンは大幅に進む。東電(および子会社)は自社ビル3棟、一部所有権を持つビル4棟を所有している。しかしながら、変電所が併設されているオフィスビルについては売却するのが難しい。
そこで、変電所付きを除く自社ビル2棟(東電環境エンジニアリング、東京計器工業)、一部所有権を持つビル1棟(東電フュエル)を売却すると、それだけでも 78億円の売却益が得られる(現在の賃料相場から収益還元法で取引価格を試算)。子会社の本社移転および整理・統合による削減と合わせると、約100億円の削減効果となる。
また、東電の福利厚生部門だけを担当している「東京リビングサービス」という会社は1000人もの従業員を抱えて、地下鉄六本木駅のすぐ近く、徒歩2分のところに本社を置いている。東電が尾瀬に所有する土地の管理を行なう「尾瀬林業」の本社も、なぜか日暮里駅前の徒歩1分の40階建ての高層ビルの中にある。
これが東電のコストダウンの正体なのだ。道路公団のファミリー企業を整理して、公団本体の年間維持管理費を3割削減した僕の眼から見れば、東電がコスト削減に本気で取り組んでいるとはとても思えない。
これらはほんの氷山の一角だが、こういうことをみずから開示して、「我われもこういう身を削る努力をしているので、値上げをさせてください」というのならわかるが、東電は情報提供もしないで一方的に値上げを宣言する。これはおかしい。
一律に単価を上げることの愚
値上げの方法も問題だ。一律に単価を上げる方法では、中小企業の経営体力を奪うことになる。たとえばメッキや金型の工場では電力を多く使う場合があるが、東電はお構いなしに一律値上げをするという。
現状では、1キロワット時を単価8円で買っている企業もあれば、15円で買っている企業もある。単価8円の企業には2円値上げ、15円の企業には3円の値上げ、といった配慮もなく、一律2.6円上乗せしてくるというのも理解しがたい。
殿様商売で威張ってきた東電には、顧客に対する配慮や中小企業に対する愛が感じられない。本来なら、「私どももこれだけ身を削っています。ですから、どうかご理解ください」「値上げでご迷惑をおかけします。大変申し訳ありません」というのが正しい姿勢のはず。それがまったく感じられない。だから、我われとしても、「値上げですか、はい、わかりました」とは簡単には言えない。
東京都は東電から83万キロワットの電力を買っている大口需要者だ。また東京エリアの行政主体としての責任がある。さらに東電の株式を2.7%保有する第3位の株主でもある。東電が値上げの根拠を明らかにしないかぎりは値上げに応じるわけにはいかない。
今回の料金値上げは産業用の価格に限られているが、このままズルズルと産業用の価格を上げると、いずれ家庭用の電力料金の大幅値上げの布石になりかねない。
最初のところで、東電にはきちんとした説明を求め、ケジメをつけておかなければならないのである。
【東電のような独占企業の言いなりにならないためには、事実をきちんと出させる必要がある。言うべきことを言わないと、相手の思うままになる。】
猪瀬直樹
(いのせ・なおき)
作家、東京都副知事
1946年、長野県生まれ。1987年、『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞、1996年、『日本国の研究』で文藝春秋読者賞をそれぞれ受賞。2002年、小泉政権下で道路公団民営化推進委員を務め、道路公団の民営化を実現。2006年10月、東京工業大学特任教授、2007年6月には東京都副知事に任命される。
主な著書に『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』(以上、文春文庫)『昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)『突破する力』(青春新書)『言葉の力』(中公新書ラクレ)などがある。