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生き方

「自閉症だから書けた」14歳ナチュラリストが綴った自然の趣

ダーラ・マカナルティ(著)、近藤隆文(訳)

2022年07月25日 公開

 

幸せを運ぶ憧れの猛禽類

キリーキーガン自然保護区の入り口に近づくと、ぼんやりした影が車の窓を流れていき、マカナルティ家全員の頭が左を向く。

ほんの一瞬の静寂のあと、オスのハイイロチュウヒが飛んでいったのだと気づいて、わっと歓声があがる。予期せぬメッセンジャーだ。この夏はまだ1羽も見かけなかったのに、ここにいるとは。歓喜の魔よけ、銀色の内なる光を授ける者が。

車はうれしさでいっぱいだ。顔じゅうに笑いを浮かべ、目を輝かせたぼくらが飛び降りて追いかけると、その影は急降下してヤナギの木立に入っていく。

ぼくらは立ち止まって思わずハグしあう――それがマカナルティ家のやり方だ。そうせずにいられない。

ぼくらの願いは、自分たちの愛情やこんな瞬間に感じる喜びを分かちあうこと、おたがいに、いまいる場所と分かちあうことだ。ママに少し強く抱きしめられて、ぼくは何もかもはじけてしまうんじゃないかと感じる。いままでこらえてきた悲しみも、ぼくを引きずりこもうとする闇も。

だからこそ、ぼくらはキリーキーガンを「マカナルティ礼拝堂」とも呼んでいる。ぼくらにとって安らぎと絶対的な喜びの場所だ。

頭上で1羽のノスリが哀しげな鳴き声をあげているから、顔を向けてみると近くの草原の上空で翼を扇形に広げながら、ホバリングの最中だ。

ノスリは輝く草原の上、例の単調な緑の海の上を旋回しながら、さがし、さがしつづけて――といきなり急降下し、獲物に覆いかぶさる。あの草原がいまノスリに食べ物を与えた!

ぼくはおじぎをしてにっこりする。こういう草原にも生き物がいるんだ。自然はいつもびっくりさせてくれる。ぼくらは見ることで初めて先入観を問いなおし、それを捨てて可能性をひらくことができる。

太陽が雲のあいだから顔を出し、ひと筋の光がノスリに神々しくスポットライトを当てる。ぼくは紅潮してうずうずし、思わず空中にジャンプする。

 

夜空に輝く星々? 美しい蛾の群れ

いっせいに目を丸くしたぼくらの前で、かぞえきれないほどのシルバーY〔蛾の一種。和名ガンマキンウワバ〕が紫の花を大いに楽しんでいる。

ある者は蜜に酔いしれ、いったん休んでから、さらに補給しようと、くるくる舞って動きを止めない。休んでいるときも翅(はね)は嵐のなかの葉っぱみたいに震えている。

鳥の羽毛のような鱗粉(りんぷん)は、茶色の地に銀色の斑紋(はんもん)があって、星くずさながらにきらめき、ほかの夜行性生物に食べられるのを防ぐ。

ぐっとくるのは、シルバーYの「毛皮」はコウモリのソナー機能を混乱させられるから、捕食されかけても逃げ出し、コウモリをはがれた鱗粉で口いっぱいのまま置き去りにできることだ。

そしてここに勢ぞろいしたぼくらマカナルティ家は、この小さな移民を、もしかしたらその2世たちを称えてやまない。もうじきこの蛾たちも生まれ故郷へ旅立ち、銀色の星が陸と海を越えて北アフリカに渡るのだろう。

この夜を、羽ばたく星々がぼくらのなかの嵐をしずめてくれたときを忘れない。

 

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