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フロー体験を重ねたからこそ、松下幸之助は成功した

2017年07月05日 公開

渡邊祐介(PHP研究所 経営理念研究本部 本部次長)

松下幸之助

松下幸之助にみる「道をひらく力」

生きていれば、誰でも困難に直面することがあろう。そのような事態に陥った時、いたずらに悩むことなく、なるだけ早くそこから脱する知恵や能力を持っていたらどれだけ助かることか――。松下電器産業(現パナソニック)創業者・松下幸之助は、特に前半生、不幸な境遇にあったが、すべての運命を受け入れながら、みずからの人生を打開し、産業界に多大な成果を残すことができた。それは人生において何が大切かを理解し、その本筋を貫く行き方に徹したからに違いない。松下幸之助の「道をひらく」行き方の本質は何かを考えてみたい。

 

天国の発見

松下幸之助の発言や行動をみていると、ただ、厳しさを経て幸せをつかむということだけではない独自の感覚があるように思える。その独自の感覚とは何かといえば、時間軸の中での変化、比較というのではなく、むしろ時間軸から外れた刹那の感覚、瞬間瞬間のとらえ方がまるで禅の悟りのようなのだ。

例えば、昨今の日本人はこと労働環境に関しては、3K(きつい、汚い、危険)を避けたがる。3Kイコール不幸とはいえないけれども、決して恵まれた環境ではなく、忌避されるのが現実である。しかし、仮にそんな環境にいたとしても、幸之助は幸福感、充実感を得られるというのである。

それは次のエピソードが示している。
 

幸之助が大阪電灯会社で、配線工として働いていた時のことである。真夏のある日、幸之助は大阪の天王寺界隈の下寺町へ、電灯の取り付けに行った。そこは二百年から三百年も前に建てられた古寺が立ち並び、目指す寺も築二百年を数えるものであった。
本堂のすみの天井板をめくって上がると、真っ暗な上に、屋根が焼けてむっとする熱気に包まれている。その上、動くたびに二百年分の埃が煙のように舞い上がる。汗はしたたり、息苦しい。“えらいことやな”と思いながらも幸之助は作業にとりかかった。
しかし、年も若く、配線に非常に興味があった幸之助は、工事に没頭すると、埃も、汗も、息苦しさも、いつしか忘れてしまっていた。それらがあまり苦にならないまま、一時間ほどで配線を終え、下へ降りた。
するとそこは全く別天地であった。とても涼しく、空気もいいのである。天井裏のように歩いたら埃が立つということもない。いうにいわれない、さわやかな気分、地獄から天国へ一気にかけ上がったような瞬間であった。その時の体感は、幸之助にとって忘れることのできないものであったという。
実際はただ天井に入って、工事をして出てきただけのことなのである。にもかかわらず、非常な喜びがあり、愉快さがあった。
さっきまで地上は暑い暑いと思っていたのに、今その暑い地上が天国のように涼しいと感じる。暑さ寒さばかりではない。何か困難や苦しいことがあっても、人は仕事に集中すればそれを忘れることができる。また、それをやり終えたあとには、非常なうれしさがある。
(松下幸之助『人間としての成功』PHP研究所刊)

そういうことを、幸之助は真夏の配線工事を通して、まざまざと教えられた。そしてその後も、これに似た体験をするたびに、思いを新たにしてきたというのである。

 

フロー体験が生む幸福

こうした青年期の一体験から得た思いを、幸之助は経営者になって以降、社員にも伝えていた。

1945(昭和20)年12月5日の朝会の速記録が残っており、その話には次の一節がある。
 

仕事にはまりこみ、時間も忘れ、疲れも知らず熱中する。仕事から手を離すのが惜しくてならない。ただ働くことが愉快でたまらない。あたかも信仰の三昧境(無我の状態。忘我の境地のこと)に似た状態で、仕事にわれを忘れてしまうという、いわば仕事三昧の境に入りうることは、まったく楽しいことである。
またこの境地こそ、真剣に働く者のみの知る極楽の天地であり、人の知れぬ楽しい世界である。
私が皆さんに贈るべき最上の贈り物は、この仕事三昧にふけりうる状態を与えることであると思うのである。自分だけが楽しく働いていても、ほかの者が苦しく働いていたのでは、はなはだ申しわけない。自分と同様、皆が楽しく働けるような境遇をもたらさねばならない。
(『松下幸之助発言集(20)』PHP研究所刊)

この文章には、夢中に仕事に励む様がいかに充実を生むかという確信が窺える。

この夢中になるという感覚は、アメリカのポジティブ心理学者ミハイ・チクセントミハイの提唱するフロー(flow)理論と見事に合致する。これはある経営学者の研究から指摘されていることだ(大森弘『松下幸之助 社員を夢中にさせる経営――「フロー理論」から最良の組織を考える』PHP研究所刊)。

フローとは何かというと、その定義は、「内発的に動機づけられた自己の没入感覚を伴う楽しい経験」とされる。人間はそうしたフロー体験を重ねることで、仕事や人生を充実させることができるというのである。

誰しも、夢中になって物事に取り組んで励んでいる時は、時間が短く感じられるという経験をしたことはあるはずだ。したがって、幸之助だけが特別なわけではない。

 

寝ていて死を待ちたくない

ただ、幸之助の歩んだ前半生を考える時、彼の「夢中になる」働きがいとは、ほかの人たちとは違ったものだったのではないかと思えてならない。両親ほか兄や姉たちが七人もいた大家族、そのすべてを喪う悲劇。加えて肺尖カタルに罹患し喀血、みずからもまた死を想わざるをえなかった孤独な青年の心中を想像してみてはどうであろうか。

22歳で肺尖カタルを宣告された時の心境を、幸之助は次のようにふり返っている。
 

どうせ同じ死ぬのであれば、養生して寝ながら死ぬよりも、働けるだけ働いて死ぬ方がいい、ということである。死ぬのはこれは結核にかかった以上、さけられないからしかたがない。兄も二人結核で死んだのだから、自分もジタバタしてもだめだ。あきらめざるを得ない。どうせ人間は一度は死ぬのだ。それはそれでいいではないか。しかし、ただ寝ていて死を待つというのはおもしろくない。働ける間は大いに働こう。
(松下幸之助『決断の経営』PHP研究所刊)

今日一日生きながらえた。明日もまた、今日と同じように元気で過ごせるのか。幸之助の不安は健康な人には想像できないものであろう。

その不安から開き直って今の瞬間瞬間を、今日一日一日を精一杯生きる。そうした思いから、時間を忘れて無我夢中に働くようになっていったのではないか。

そこに無上の充実感を感じた幸之助は、自分だけではなく、誰もが夢中で働く喜びに目覚めることを推奨し、誰もがその喜びの延長線上で、それぞれの道をひらいていくことができるに違いないという思いを抱くようになったとは考えられないだろうか。

もとよりこれは一つの推察にすぎないが、幸之助の仕事観・幸福観の重要な一面であることは間違いない。

※本記事はマネジメント誌『衆知』2017年5・6月号に掲載したものです。

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