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菅野直と紫電改―指揮官先頭を貫いた闘魂

2015年03月19日 公開
2022年06月20日 更新

高橋文彦(作家)

さらば、祖国よ

剣部隊は戦局の悪化に伴い紫電改の補充が断たれ、燃料は本土決戦のためと称して極力節約するように命じられた。

8月1日、先任飛行隊長となった菅野率いる剣部隊全機が沖縄方面から来襲する敵機を邀撃するため、ひさびさに大村基地から出撃した。全機といっても紫電改72機で大編隊を組んだ全盛期には遠く及ばず、20数機が参加するのがやっとである。

高度6000メートルで屋久島近くに達したとき、菅野は同島西方の5000メートル付近で旋回しているB24の編隊を見つけた(このとき最新鋭戦闘機のP51マスタングがいたかどうかについては『三四三空隊誌』の隊員の回想でも異なる)。

「全機、突撃せよ!」

無線電話で伝え、増槽を落とた。B24は南方で戦って以来の因縁がある。見慣れた機体に一撃を加えて急降下すると、とたんに激しい衝撃が機体に走った。

操縦桿が思うように動かない。左翼の日の丸あたりを見やると表面がやぶれ、めくれあがっている。20ミリ機銃の暴発だった。翼が飛び散らなかったのは幸いだが、これでは戦えない。丸裸になったも同然である。

「機銃筒内爆発。こちら菅野1番」

無線電話で伝えた。まもなく2番機の堀光雄(のちに三上と改姓)が降下してきて横に並んだ。ここにいてもどうにもならない。「俺にかまわず、さっさと空戦に戻れ」。菅野は堀に仕草で伝え、堀がそれに従わないと見ると、睨みつけ、殴るぞという手つきをしながら命じた。菅野の荒ぶる姿勢に堀はためらっている表情だったが、意を決したように上昇していった。よし、それでいい。菅野の顔に一瞬、笑顔が浮かんだ。しばらくして、敵機も味方機も周囲に見当たらなくなった。

「空戦やめ、集まれ」

無線電話に告げると、遠くで光る機影があった。あれは敵機か味方か。菅野が目を凝らしているうちに紫電改は失速を始めた…。

終戦まであと2週間と迫っていたその日、零戦と紫電改を駆って死闘を演じ続けた空の勇士、菅野直は最後まで闘志を失うことなく敵に立ち向かい、大海へと消えていった。剣部隊もまた、満身創痍のまま終戦を迎えた。
 

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