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2015年6月号総力特集・日本海海戦と戦艦三笠

2015年05月07日 公開

歴史街道編集部

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 こんばんは、2015年5月7日(木)です。連休明けの本日、弊誌最新号が発売されました。6月号の総力特集は「日本海海戦と戦艦三笠」です。

 本日は特集担当の(水)より、最新号の内容を簡単に紹介させていただきます。

 皆様は、5月27日が何の日かご存知でしょうか? 答えは「海軍記念日」です。それでは、なぜ5月27日が海軍記念日なのでしょうか。
 

 それは、今年からちょうど110年前の明治38年(1905)5月27日、明治連合艦隊が日本海海戦でバルチック艦隊相手に「奇跡」と称される勝利を挙げたからです。

 日本海海戦については今までも様々なかたちで語られてきましたが、多くは『坂の上の雲』でもお馴染みの秋山真之参謀の「丁字(ていじ)戦法」をはじめとする戦術面でした。

 しかし、近年の研究では「丁字戦法」は用いられておらず、また決戦当日も、連合艦隊は様々な「誤算」に見舞われていたことが指摘されています(詳しくは、本誌をご覧くださいませ)。

 「誤算」続きの中で、なぜ連合艦隊は完全勝利を収められたのか。その大きな要因のひとつこそが、連合艦隊の旗艦を務めた戦艦三笠でした。

 連合艦隊は日本海海戦において、通信ミスによりバルチック艦隊の正面に出てしまいます。この時、東郷平八郎司令長官は、敵との距離をとり迂回して回頭するか、集中砲火を浴びる覚悟で敵の目前で回頭するか、迫られました。

 前者は、安全ですが敵艦隊を逃す恐れがあります。後者は敵艦隊の眼前でのUターン(大回頭)ですから、敵の砲弾に晒されることを覚悟しなくてはなりません。

 東郷が選んだのは、敵前大回頭でした。結果、先頭をゆく戦艦三笠に砲撃が集中し、撃沈されていてもおかしくないほどでした。座乗する東郷自身も、いつ敵弾で命を落とすか分からない状況です。

 しかし――三笠は30数発とも言われる敵弾を受けながらも、沈みませんでした。そして結果、連合艦隊は敵を逃がさずに、完全勝利を成し遂げるのです。

 
 戦艦三笠は、当時「最新最強」の戦艦でした。明治海軍は日清戦争直後から、迫りくるロシアの脅威に立ち向かうべく、三笠を軸とする連合艦隊を構想しました。三笠はイギリスのヴィッカース社で建造された戦艦です。
 

 東郷がまさしく「肉を切らせて骨を断つ」決断を下せたのは、そんな三笠を信頼すればこそ、だったでしょう。三笠の存在が、東郷の判断を後押ししたのです。
 

 それでは、三笠は具体的にはどの点が「最新最強」だったのか。三笠から学ぶことができる「勝利の要諦」とは何か…。その点については、ぜひとも本誌をお手に取ってくださいませ。

 今号では、戸髙一成先生や阿部安雄先生などの艦艇研究家、そして拓殖大学総長の渡辺利夫先生や元防衛大教授の平間洋一先生、また三笠保存会の増田信行会長など、多くの方にお力添え賜りました。

 また、児玉智則さんの描き下ろしイラストや、谷井建三さんの三笠の解剖図や海戦画も多数掲載しております。本誌を通じて、明治の人々に想いを馳せていただけましたら嬉しく存じます。(水)

iyashi

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