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1945年、占守島…日本を分断から救った男たち

2015年11月25日 公開
2023年02月15日 更新

早坂隆(ノンフィクション作家)


故郷に帰る夢を脇に置いて

 ソ連兵が凄まじい艦砲射撃の援護の下、占守島北端の竹田浜に殺到したのは、8月18日午前1時過ぎでした。ソ連軍は8,000を超えていたといいますが、発見した偵察部隊は当初、どこの軍隊か分からず、アメリカ軍だと思った者が大多数でした。

 <十八日は戦闘行動停止の最終日であり、「戦争と平和」の交替の日であるべきであった。(略)然るに何事ぞ。十八日未明、強盗が私人の裏木戸を破って侵攻すると同様の、「武力的奇襲行動」を開始したのであった>

 報告を受けた樋口は、当時の心境を『遺稿集』にこう記しています。彼は「斯る『不法行動』は許さるべきではない」と続けており、すぐさま第五方面軍麾下の将兵に「断乎、反撃に転じ、上陸軍を粉砕せよ」と命じました。

 当時、日本軍大本営は「18日午後4時」を自衛目的の戦闘の最終日時と指示していましたが、樋口はソ連軍の日本上陸を水際で留めなければ、その後にどんな惨劇が起こりかねないかを充分に理解していたのです。

 絶対に占守島でソ連軍を食い止めなければならない。そう考えていたのは、樋口だけではありませんでした。

 「故郷に帰ったら、何をしようか」

 8月15日の玉音放送後、第91師団の指揮下にあった占守島の将兵たちは、酒を酌み交わしながら談笑していたといいます。懐かしい故郷に帰り、家族に再会できることを心待ちにしていた者も少なくなかったでしょう。しかし彼らは、手が届きかけていた安穏な暮らしを脇に置き、再び武器を手に取りました。

 

精鋭「士魂部隊」

 占守島の日本軍の中核が、精鋭として知られた戦車第11連隊です。

 彼らは「十一」という漢数字と「士」という文字の連想から、「士魂部隊」と呼ばれました。とはいえ、終戦の報せと武装解除命令で、ガソリンも半分ほどは地中に埋めてしまい、車輌も長時間の暖機運転が必要で、出撃までに時間を要する状況でした。前日には「戦車を海に捨てようか」と話していたような状況ですから、無理もありません。

 それでも、兵士たちは寸刻を争う中、懸命に出撃準備を進めました。そして戦車第11連隊は18日午前5時30分に出撃し、ソ連軍を次々と撃破。「精鋭・士魂部隊」の名に恥じぬ奮闘を続け、戦局を逆転させるのです。

 中には10代の少年兵もおり、爆弾を抱いて敵陣に突っ込んだ兵士もいました。自らの命を犠牲にしてでも、日本に暮らす人たちを、大切な家族を守る。その想いのもと、彼らは軍人としての本分をあくまで全うしようとしたのです。

 戦車第11連隊において、池田末男連隊長の存在は大きなものでした。次のような話があります。

 池田は下着の洗濯や入浴など身の回りのことはすべて自分で行ない、恐縮する当番兵に「お前たちは私ではなく、国に仕えているのだ」と語りました。学徒兵には「貴様たちは、得た知識を国のために活かすのが使命だ。自分たち軍人とは立場が違う」と語ったといいます。

 

ソ連軍が驚嘆した戦いぶり

 池田は18日早朝の出撃に際して、

 「我々は大詔を奉じ家郷に帰る日を胸にひたすら終戦業務に努めてきた。しかし、ことここに到った。もはや降魔の剣を振るうほかない」

 と訓示を述べました。自分たちが「民族の防波堤になる」とも語り掛けたそうです。心の底から信頼を寄せる池田の言葉に、奮い立たない将兵はいませんでした。

 池田は占守島の戦いで常に先頭に立ち、戦車の上に跨って指揮を執り、奮戦の後に斃れました。しかし、戦車第11連隊の面々は連隊長を失ってもなお勇戦を続け、その結果、ソ連軍は「簡単に抜ける」と思っていた占守島で追い詰められ、日本軍の精強ぶりに驚きました。

 ソ連軍が侵攻を開始してから4日後の8月22日、両軍は停戦協定を締結。樋口や池田、そして占守島の日本軍将兵すべての覚悟と奮戦が、ソ連軍の侵攻を見事に撥ね返したのです。死傷者は、日本軍800ほどに対して、ソ連軍は2,300を超えました(諸説あり)。

 私はこれまで、先の大戦で戦場に立たれた元将兵の方々に話を伺ってきましたが、多くの方が

 「戦争に対する怨みはある。ただ、私たちは日本人としての誇りをもって戦い、自分たちの国を守った自負もある」

 といった主旨の言葉を、時には涙を零しながら語ってくれました。占守島の将兵も、まさしく同じ想いであったでしょう。

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著者紹介

早坂隆(はやさか・たかし)

ノンフィクション作家

1973年、愛知県生まれ。著書に、『昭和十七年の夏 幻の甲子園』(文春文庫)、『世界の日本人ジョーク集』(中公新書ラクレ)、『愛国者がテロリストになった日 安重根の真実』(PHP研究所)、『永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」』(文春新書)、『昭和十八年の冬 最後の箱根駅伝』(中央公論新社)、『新・世界の日本人ジョーク集』 (中公新書ラクレ)ほか多数。

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