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江戸の朝顔は天下一品~東野圭吾著『夢幻花』で話題沸騰!

2017年07月04日 公開

藤谷恵(フリーランス・ライター)

 

夏到来――。朝顔市の季節がやってきた。

市が開かれているのは東京・入谷。江戸時代に盛んに朝顔が栽培され、鬼子母神があることでも有名な町である。なぜ入谷だったのか。また江戸時代にあって現代には存在しない黄色い朝顔とは、どのようなものなのか。人気ミステリー作家・東野圭吾氏による『夢幻花』で大注目!黄色い朝顔だけではない、様々な変化朝顔と、それを創り出した人たちを紹介します。
 

江戸は世界有数の園芸都市

毎年、7月の6、7、8日の3日間、台東区入谷で開催されている朝顔市。長い間、中断されていたものが、昭和23年(1948)、町の活性化のために復活した。子供の守り神である鬼子母神にお参りし、その帰りに、健やかな成長を祈って朝顔を買う人は年々ふえ、夏の風物詩として人気のイベントになっている。

入谷の朝顔は江戸時代から有名だった。土が栽培に適していたこともあるが、朝顔ブームの仕掛け人である植木屋・成田屋留次郎の地元だったこと、入谷が当時江戸の近郊で、地の利がよかったことも大きい。朝顔は昼頃になるとしぼんでしまうので、午前中、人々に見にきてもらうためには、江戸市中から適度な距離のところでないと、意味がなかったのである。

幕末に日本にやってきた外国人たちは、一様に日本人が花好きで江戸の町に花と緑が溢れていることに驚いているが、江戸が緑豊かな町になったのは、大名屋敷が多いという特異性によっている。260余りあった大名家それぞれが、多くの屋敷を持っており、そこに庭があったからである。

大名や旗本たちが花に興味を抱くようになった理由は、歴代将軍たちの花好きにもある。これに家臣たちがならった。大名たちは将軍家に珍花を献上するため、研究に余念がなかったと言われている。

18世紀に入ると、菊、唐橘(からたちばな)、万年青(おもと)などの流行とともに、鉢植えの園芸が盛んになった。しだいに奇妙な形をした花を創り出すことに情熱を注ぐ人たちが登場する。武士や裕福な町人、僧侶、植木屋たちは同好会を組織して奇品・珍品を競い、それらは高値で売買され、投機の対象になっていく。変化朝顔ブームも、この流れのなかで沸き起こった。
 

朝顔ブームを支えた人たち

文化13年(1816)秋、浅草と上野の寺で闘花会が開かれる。奇品・珍品を競い合う品評会(花合せ)である。ここで火がついた第一次朝顔ブームの担い手は文人たち。しかしこの時期はまだ、花や葉の変化が比較的単純なものが多い。

木版の「朝顔図譜」が数多く出版されているが、江戸で最初に刊行されたのが、文化14年(1817)刊の『あさがほ叢』である。著者は狂歌師・俳諧師の四時庵形影(しじあんけいえい)、御家人で狂歌師でもある大田南畝が序文を寄せており、花の先端が巻いている「巻絹(まきぎぬ)」や、「極黄采(ごくきざい)」と言われる、今はなき山吹色の変化朝顔の絵が掲載されている。

『朝顔花併』より、山吹色のアサガオちなみに、朝顔にはもともと黄色の遺伝子がない。江戸時代の栽培家たちが、どうやって黄色の色素を持つ変化朝顔を創り出したのか、また種ができない変化朝顔の花をどうやって咲かせ続けたのかはわからない。その系統が絶えてしまった今、現代人は、最先端のバイオ技術をもってしても、いまだ鮮やかな黄色の朝顔は創り出せずにいる。

さて、10年以上続いた朝顔ブームだが、飢饉や天保の改革の影響でいったん下火になる。再びブームがやってきたのは嘉永・安政期(1840年代後半~50年代)だった。この時期になると、葉や花の形や色の組み合わせが複雑になり、通常のラッパ型とは似ても似つかない花が誕生する。

第2次朝顔ブームを牽引したのは、植木屋と武士だった。栽培家として有名なのは、植木屋・成田屋留次郎と、旗本・鍋島直孝(杏葉館)。

成田屋留次郎は、自ら朝顔師と名乗るほど、変化朝顔の品種改良と普及に情熱を傾けていた。八代目団十郎のファンだったため、成田屋を名乗ったと言われている。

鍋島直孝は五千石の大身旗本で、反射炉を建造した佐賀藩主・鍋島直正(閑叟)の兄にあたる。北町奉行を務めたこともあり、幼少期から朝顔栽培に興味を抱いていたというから筋金入り。杏葉館の名で、あちこちの品評会に珍花を出品している。

この時期に発刊された『朝顔花併』(極黄の「南天極黄車八重」を記載)、『朝顔三十六花撰』(撰者の万花園も幕臣)、『三都一朝』(成田屋留次郎著)などを見ると、これが朝顔かと首を傾げたくなる花々が並んでいる。

嘉永・安政期と言えば、ペリーが浦賀に来航し、日本は諸外国に開国を迫られ、尊皇攘夷運動が沸き起こった時期。そんなときにわれ関せずと花に狂奔する幕臣たちの姿に愕然とするが、彼らなくして江戸のハイレベルの園芸文化は花開かなかったのである。

※写真は、今はなき山吹色の朝顔(『朝顔花併』より、国立国会図書館蔵)

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