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プライド高き労働者天国(アルゼンチン)

2015年10月26日 公開
2017年10月03日 更新

<連載>世界の「残念な」ビジネスマンたち(2)石澤義裕(デザイナー)

問題はいつも、アルゼンチンからやってくる!?

 

猛々しき盗人に、追い銭を包む国?

うら若き独身男性に「妻と世界一周をしている」と話せば、「夫婦旅が夢なんです!」と羨ましがられます。初老の男性からは「女房となんて、一生無理ですわ」と見下されます。この違いはなんなんでしょうね。
理想と現実のボーダーを旅して10年、夫婦で世界一周を続けるノマドデザイナーです。

昨年、サッカーのワールドカップで準優勝に輝いたアルゼンチン。
第二次世界大戦に参加せず、連合国と枢軸国の両方に牛肉を売りまくって財をなした“元”先進国です。その後の軍事政権、重工業化の失敗、ポピュリズムのトリプルパンチで、今では後進国に転落。プライドだけは高いままなので、南米諸国から煙たがられています。
隣国ウルグアイ人は、「問題はいつもブエノスアイレスからやって来る」と嘆いていました。


(アルゼンチンといえばやはりサッカー。その応援は熱狂的だ)

ボクら夫婦は、首都ブエノスアイレスにある日本人宿で住込み管理人に身をやつし、推定8回目の記念すべきデフォルトを迎えました。

プライドが高い国民性か、国の借金は他人事なのか、いつもならデモ隊で騒がしい街中ですが、風すら吹かない穏やかな一日でした。レートの急落を恐れたのか、闇両替え屋が姿を消していました。

闇両替え屋――。実は彼らほど、ブエノスアイレスで真面目に働く人々の癇に障るものはありません。

米ドルを両替えするだけで、アルゼンチンペソが4~5割も増える簡単便利な“闇レート”を、地元民であるアルゼンチン人だけ利用できないのです。ボクら外国人だけが、ぬれ手に粟的に儲けているのを眺めているだけなのです。

真面目に働くビジネスマンほど気の毒なもので、銀行の出納をがっちりと税務署に管理されているため、金の卵である米ドルを入手できず、闇両替えの恩恵に授かれないのです。宝くじの当選番号を知っていながら、買えないようなものです。身をよじってもよじりきれないほどの歯痒さではないかと、心中察するに余りあります。

一方、外国人相手に語るに語れぬ商売をしている友達は、歯茎をむき出して大笑いしています。取っ払いで外貨を稼ぎ、5分もあれば闇両替えで4割以上も増えてしまう資産運用。もちろん税金を収めず、丸儲けです。闇両替えを「黄金両替え」と呼ぶと、話がわかりやすいです。


(ブエノスアイレスの日曜市)

ところでそのアコギな脱税友達でさえ眉をひそめる、普通の労働者階級がいます。彼の家の“元”お手伝いさん、孫もいる初老の女性です。

彼女は夏の間にせっせと冬物のセーターを盗んでいたのが、冬になってバレます。その場でクビになったのですが、すぐに弁護士を通じて退職金を請求してきました。

勤続年数1年につきひと月分の給料です。彼女は10年以上働いていたので、ほぼ1年分の年収です。この盗人猛々しい請求が普通にまかり通るほど、アルゼンチンは労働者に優しい国なのです。

ある意味、ポピュリズムの成果です。本人が犯行を自白しても、親族郎党マフィアや友達による報復が恐くて、警察に突き出すこともできません。盗られ損の泣き寝入りに、退職金の餞別付きです。

似たような話では、突然出社しなくなった社員ですら、忘れた頃につらっと退職金を請求してきます。必ず弁護士を通すので、抜け目がありません。ひと月だけ働いて、10カ月産休をとって辞める女性もいます。もちろん有給です。

知りあいの弁当屋さんは、社員を雇うと負けだと嘆いています。家族経営から脱却しないよう、力をセーブして働いています。もし万が一、誰かを雇わざるを得ないときは、従業員の給料を減らして、裁判費用兼退職金をこっそり積み立てるそうです。隠れ退職金制度です。

猛々しき盗人に、追い銭を積み立てする心優しきアルゼンチンなのです。

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著者紹介

石澤義裕(いしざわ・よしひろ)

デザイナー

1965年、北海道旭川市生まれ。札幌で育ち、東京で大人になる。新宿にてデザイナーとして活動後、2005年4月より夫婦で世界一周中。生活費を稼ぎながら旅を続ける、ワーキング・パッカー。

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