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「鉄道好き」ではないからこそ、世界に誇る列車が生まれた

2016年08月15日 公開
2021年02月18日 更新

唐池恒二(JR九州会長)

「指宿のたまて箱」がまちづくりの核に


指宿のたまて箱(写真提供:JR九州)

唐池氏は一方的な「観光」ではなく、「双方向の地域活性化」が必要と説く。そして、その理想は『定住してもらう』ことだという。

「一度来てもらうだけでなく、何度も来てもらい、『定年後にはここに住みたい』と思ってもらえるまちにする。大事なのは観光活性化ではなくまちづくりなのです。そのためには地域の人たちが自発的に『住みたいまち』にしなくては、ユニークな列車を走らせても、イベントを開いても意味はありません」

そんな「自発的なまちづくり」の象徴とも言えるのが、2011年に運行を開始した「指宿のたまて箱」だ。指宿温泉の女将さんたちが自発的に列車にちなんだメニューを考えたり、祭りに列車を模した山車を出したりと、列車をまちづくりの核として自発的に盛り上げる動きが始まったのだ。

「他にも、沿線の指宿市役所と指宿商業高校の人が手を振ってくれたり、たまて箱にちなんでカメを持ってきてくれたり……まぁ、そのカメはウミガメではなく、リクガメでしたが。
ただ、最も感激したのは、2年前に大雨のため線路そばの斜面から土砂が流入し、脱線事故が起きた際のことでした。地元の人が我々よりも先に車両に駆けつけ、けが人への応急処置や病院への搬送をしてくれたのです。鉄道会社として事故を起こしたのは申し訳ないことですが、地元の人が自分たちの列車だと思ってくれている何よりの証だと思ったのです」

 

住民が誇りを持てない土地に人は集まらない

沿線の人が列車に手を振ってくれるのは「ななつ星」も同様だ。

「運行を始めるにあたり一番懸念していたのは、地元の人に『東京の一部のお金持ちの乗る列車』だと思われないか、ということでした。手を振ってくれる沿線の人たちを見て、みんな『ななつ星』を誇りに思ってくれているのだと実感しました。先日も通りすがりの人に『世界に誇れるものをありがとう』と突然握手を求められました。その前に『今までJR九州はあまり好きじゃなかったが』という枕詞つきでしたが(笑)。
ともあれ、地方活性化のためには、まず自分たちが住む場所に誇りを持つことが何より重要。JR九州もまた、20数年間かけて多少なりとも地元の誇りになれたのかな、と思います」

唐池氏は先日、「ななつ星」に至る自身の体験をまとめた『鉄客商売』という本を発刊した。そこには、唐池氏が影響を受けてきた数々の人物が描かれている。

「JR九州の今があるのは多くの人の支えがあったからこそだと知ってもらいたかったからです。ご登場いただいた方には、後から文句を言われないよう先に送っておきましたが、みな喜んでくれたのでほっとしました。
先日発生した熊本地震では、大きな被害が発生しました。ただ、『鉄客商売』にも書いたとおり、JR九州の歴史は逆境に立ち向かってきた歴史でもあります。今回の地震も必ず乗り越え、よりよいサービスを提供することができればと考えています」

(『THE21』2016年8月号より)
(人物写真撮影:江藤大作)

著者紹介

唐池恒二(からいけ・こうじ)

九州旅客鉄道株式会社(JR九州)代表取締役会長

1953年生まれ。77年、京都大学法学部を卒業後、日本国有鉄道(国鉄)入社。87年、国鉄分割民営化に伴い、新たにスタートした九州旅客鉄道( JR九州)において、「ゆふいんの森」「あそぼーい!」をはじめとするD&S(デザイン&ストーリー)列車運行、博多~韓国・釜山間を結ぶ高速船「ビートル」就航に尽力する。また、大幅な赤字を計上していた外食事業を黒字に転換させ、別会社化したJR九州フードサービスの社長に就任。2002年には、同社で自らプロデュースした料理店「うまや」の東京進出を果たし、大きな話題を呼んだ。09年、JR九州代表取締役社長に就任。11年には、九州新幹線全線開業、国内最大級の駅ビル型複合施設「JR博多シティ」をオープン。13年10月に運行を開始し、世界的な注目を集めたクルーズトレイン「ななつ星in九州」は、企画立案から自ら陣頭指揮を執った。

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