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あれから2か月、英国のEU離脱は本当に「愚か」だったのか?

2016年09月03日 公開
2023年05月16日 更新

浜矩子(同志社大学大学院教授)

難民問題で露呈したEUの限界

確かに難民問題など、EUが抱える問題は多い。

「私にはこのイギリスの離脱こそが『終わりの始まり』のように思えます。そもそも、多くの人が忘れかけていますが、ギリシャ問題に端を発したユーロ圏の金融危機はまだ終わっていません。最近もイタリアの銀行が破綻の危機に瀕しているという報道がされているように、モグラ叩きでなんとかやり過ごしている状態です。

そして、EUの限界をまさに露呈したのが、難民問題だと思います。本来なら各国が一致団結して受け入れを表明し、国ごとに人数を割り振るなどの展開となるべきところでした。それが、実際には鉄条網を作って移民を排除したりするなどの押し付け合いが起こり、それに対してEUはなんら具体的な対策ができなかった。加盟諸国が本当にEUを大切に思っていたら、こんな体たらくにはなっていなかったでしょう」

今、EUは「進化か深化か」という岐路に立たされているという。

「EUというのは元々、6カ国が一緒に暮らす長屋みたいなものでした。壁越しに声をかければ聞こえるような間柄だったわけです。

それが今や28カ国となり、いわばタワーマンションになってしまった。住人同士が顔を合わせることも少なくなり、以前のようにあうんの呼吸で物事を決めることができなくなった。だから、しっかりとした協定が必要になった。その窮屈さに耐えきれなくなったのがイギリスですが、今後、それを見て『やっぱり一戸建てのほうが自由でいい』と考える国が増えてくる可能性は十分にあるでしょう。

今のEUは『深化か進化か』の選択を迫られている。そう思います。小さな長屋だった時の設計図にしたがって、無理矢理にタワーマンションを管理し、その住人を増やしていこうとするのか。これが深化の道です。それとも、進化を選ぶのか。すなわちタワーマンションそのものは思い切って解体してしまい、一戸建て同士のご近所付き合いを仲良くやっていくのか。私は進化の選択しかないと思いますが、その思い切りが彼らにできるか」

 

スコットランド独立はあり得るのか?

一方、イギリスにはどんな懸念があるのだろうか。

「スコットランドの分離・独立はあり得るでしょう。元々、2014年にスコットランドで行なわれた国民投票では、僅差で残留派が勝利を収めました。ただ、その時とは状況が大きく変わっており、再び住民投票を行なった場合、独立派が多数になる可能性はあるでしょう。経済的には苦労するでしょうが、ヨーロッパに数多く存在する小国の一つとしてなら、十分やっていけると思います。

宗教の問題などもありますが、北アイルランドも南のアイルランド共和国と一緒になりたいと改めて思うかもしれない。ただ、これについては、アイルランド共和国側の意思の問題もある。いずれにせよ、独立するには小さすぎるウェールズ以外は、イギリスから分離するという可能性はあると思います。

イギリスが『リトルイングランド』化することは不本意かもしれませんが、それなりに居心地はいいかもしれません。そもそも、『グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国』というのは、何とも寄せ木細工的な名称ですよね。そろそろ、元のパーツに分かれた上で仲良くやっていけばどんなものかと思います。

イギリス的成り行き任せには、なかなか合理性があると思います。自然体で無理をしない。この基本に忠実になれているとき、イギリスは自分のことも一番良く見えていて、一番面白い。柄にもなく、政治的な大見得を切ったりしないほうがいい。融通無碍な自然体。この感性でポスト離脱をどう泳ぎ抜いていくのか。とても面白いと思います」

(本記事はウェブ版オリジナルインタビューです)

(写真撮影:まるやゆういち)

著者紹介

浜 矩子(はま・のりこ)

同志社大学大学院教授

1952年生まれ。一橋大学経済学部卒業後、三菱総合研究所に入社。90年に創設されたロンドン駐在事務所の初代所長に就任、98年には女性初の経済調査部長となる。2002年より現職。専門はマクロ経済分析、国際経済。長年の調査で鍛えられた分析眼には定評があり、その明快な語り口から多くのメディアで活躍する。主な著書に『「通貨」を知れば「世界」が読める』(PHPビジネス新書)など。

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