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星野リゾートの現場力(5)界 熱海の「あたみ梅の間」

2017年01月13日 公開
2023年05月16日 更新

星野佳路(星野リゾート代表)

スタッフの熱意が、伝統工芸に新たな革新をももたらした

日本を代表するリゾート運営会社・星野リゾートでは、「遊び」や「楽しみ」の中に仕事のヒントを見つけたり、逆に仕事をきっかけとした趣味を楽しんだりしている社員が多いという。本連載では、そのような「遊びと仕事」の融合の事例を、代表の星野佳路氏のコメントとともに紹介。2号の休載を経て再開したこの第5回は、「界 熱海」から、伝統工芸の魅力を伝える「あたみ梅の間」担当スタッフをリポート。《取材・構成=前田はるみ》

 

「梅」にこだわったユニークな部屋を作る

静岡県熱海市の「界 熱海」では、この春、熱海市の花木である梅をモチーフにしたご当地部屋「あたみ梅の間」をオープン。梅のお香やスイーツが楽しめるほか、障子には静岡の伝統工芸である駿河竹千筋細工を用いて梅の花がデザインされており、梅の華やかさと伝統工芸美を満喫できる部屋になっている。

この部屋のプロデュースを担当したのが、サービスチームで働く入社八年目の田井千尋氏。界熱海に異動してきた昨年九月、構想段階だったこのプロジェクトの担当を支配人から「やってみないか」と勧められた。

子供の頃から美術デザインやインテリアに強い興味を持ち、星野リゾートへは「旅館は日本の伝統や文化を衣食住で総合演出でき、そこに滞在したお客様が癒され元気になって日常へ帰ることができる最高の仕事だと感じて入社した」という田井氏。「熱海や日本の美しさに、五感で気づいていただけるような部屋を作りたい」との思いから担当を引き受けたという。

部屋の製作にあたっては、駿河竹千筋細工の職人に飾り障子の作成を依頼。田井氏が自ら梅をモチーフにしたデザイン画を描き、駿河竹千筋細工の技術や魅力を余すところなく伝えられるよう工夫を凝らした。

 

好きなことへの情熱が職人をも動かした!

田井氏のデザインは、職人にとっても新たな挑戦だった。梅の花の五枚の花びらを一筆書きで表現するデザインでは、「内側にしか曲がらない竹でどう一筆書きするかは、かなり試行錯誤を重ねました」と田井氏。自身がイメージする完成度に達するまで職人と何度もやり取りを繰り返し、職人自身これまで挑戦したことのない難易度の高い作品の完成を実現させたのである。

ものづくりが好きで、「好きなことには仕事とプライベートの境なく没頭するタイプ」と自身について語る田井氏。プロジェクトへの情熱は並々ならぬものを感じるが、伝統工芸に関して素人の彼女が職人を未知への挑戦に動かした理由は、それだけではないだろう。職人の技術とプロ意識に絶対的な信頼を置き、彼女自身は実現のための道筋を考え抜くという徹底した共同作業が功を奏したと言える。

「それぞれにやりたいことや強みがあって、互いの能力を認め合っていると、相手の専門領域を勉強していなくても、意思の疎通が早いんです。互いの歯車がかみ合って成果に結びついたときの快感は、病みつきになりますね。だから、自分の時間をすべて仕事につぎ込んでも、まったく苦になりません。とくに私は凝り性なので余計にうれしい。折々に発生するこの達成感が趣味と仕事の境界をなくし、もっと次へと駆り立てます。仕事が趣味、こんな幸せで楽しいことはないです」。

また、楽しい気持ちで仕事をしていると、周りにも伝播し、チーム全体もよい方向に向かう実感があると話す。好きなことを仕事にする醍醐味は、そういうところにもあると言えそうだ。

 

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著者紹介

星野佳路(ほしの・よしはる)

星野リゾート代表

1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発(現・JALホテルズ)に入社。シカゴにて2年間、新ホテルの開発業務に携わる。89年に帰国後、家業である㈱星野温泉に副社長として入社するも、6カ月で退職。シティバンクに転職し、リゾート企業の債権回収業務に携わったのち、91年、ふたたび㈱星野温泉(現・星野リゾート)へ入社、代表取締役社長に就任。

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