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星野リゾートの現場力(11)界 日光の「日光下駄」

2017年02月24日 公開
2023年05月16日 更新

星野佳路(星野リゾート代表)

星野佳路氏の視点――「立候補制度」とリーダーの適性

(以下、星野佳路氏談)

永田さんは、当社では珍しいタイプのリーダーです。決断が早い人が現場にとって理想のリーダーだと思っていましたが、永田さんは逆で、いろいろ考えて思い悩むタイプ。正直言って、総支配人には向かないのではないかと思っていました。

当社では、総支配人とユニットディレクター(UD)はすべて立候補制です。総支配人やUDになったらどんな目標や戦略で組織を運営していくのか、全社員に向けてプレゼンし、社員の投票をもとに総支配人やUDを決めていきます。

これは永田さんが「界  日光」の総支配人に就く前の話ですが、彼女がUDに立候補したとき、コミュニケーションスタイルに問題があると思って、「もっと自信を持って話すように」とアドバイスしました。ところが、彼女のプレゼンは僕の予想に反して好評で、当時空きの出たウトコオーベルジュ&スパの総支配人に彼女が就くことになったのです。代表である私がどう思おうと、社員の評価が高かった人をポジションに就けるのが立候補制度のルールです。

永田さんがウトコの総支配人になってから、ウトコのチームがすごく良くなって、収益も上がってきました。スタッフはみんな彼女と一緒に仕事をするのが楽しいらしく、彼女のために一所懸命に仕事をしている。その理由を知りたくて話を聞いてみると、永田さんはスタッフ一人ひとりとのコミュニケーションの時間が長いんです。

当社では、総支配人には年に2回、スタッフとの面談の時間を持つように求めていますが、彼女の場合は一人につき1カ月で3回くらい面談していました。これは30人程度の小規模施設だから可能なことではありますが、一人ひとりの仕事の悩みや個別の事情をよく理解して、きめ細かく対応していました。話すペースは私からすればゆっくり過ぎるくらいですが、それもスタッフにとっては心地よく、安心感を与えていたようです。

彼女はなかなか決められないタイプだと言いましたが、施設への集客策なども半年くらい悩みながら考えています。それが職場のフラストレーションにならないのは、スタッフとのコミュニケーション量がカバーしているのでしょう。

そして、一度決めたら成功するまでやり抜く。考え抜いた末にたどり着いた結論は非常に論理立っていて、スタッフは安心してついていけます。「界  日光」では、冬にいろは坂が通行困難なことから、冬の集客が課題でした。永田さんは熟考の末、東京から界 日光まで無料送迎バスを運行することを決めました。どんな不利な状況でもあきらめずにやり遂げる。そこが彼女のよさだと思います。

 

任せてみなければ、適性などわからない

私たちが立候補制度を採用するのは、人にどんな能力があるかはやってみないとわからないし、ポジションが本人の能力を伸ばすこともあるからです。

面接で評価の低かった人が、現場に出て活躍することもあれば、その逆もあります。人の能力は未知数で、上司が一方的に見て正しく把握することは難しい。当社では新卒を300人ほど採用しますが、誰が将来どう成長していくかは予測不可能です。

人材の抜擢には限界があります。だからこそ、立候補制度があるのです。やりたい仕事に挑戦でき、自分たちの力を試せる環境こそが大事です。やってみてうまく行かなければ、それは本人が一番よくわかります。

一方で、やってみることで新しいリーダー像を作ってくれることもあります。永田さんには、リーダーのコミュニケーションスタイルにはいろんなタイプがあることを教えてもらいました。

 

《『THE21』2017年1月号より》

著者紹介

星野佳路(ほしの・よしはる)

星野リゾート代表

1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発(現・JALホテルズ)に入社。シカゴにて2年間、新ホテルの開発業務に携わる。89年に帰国後、家業である㈱星野温泉に副社長として入社するも、6カ月で退職。シティバンクに転職し、リゾート企業の債権回収業務に携わったのち、91年、ふたたび㈱星野温泉(現・星野リゾート)へ入社、代表取締役社長に就任。

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