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自分の満足より、相手への「もてなし」を 日本画家 アラン・ウエスト

2017年08月09日 公開

一流の職人に学ぶ「仕事の流儀」第8回

自分の満足より、相手を「もてなす」作品を

職人の仕事を通じ、どの仕事にも共通する大切な心構えを学ぶ本連載。第9回目は、日本で活躍するアメリカ人の日本画家であるアラン・ウエスト氏に、仕事に対する心構えをうかがった。

 

父の難題をクリアし、全米トップの美大へ進学

 東京都台東区谷中にアトリエ兼ギャラリーを構えるアラン・ウエスト氏。日本へ来て30年近くアメリカ人の日本画家として活動し、植物をモチーフとした繊細な絵を中心に描き続けている。なぜ、日本画を制作し始めたのだろうか。まずは、アラン氏が絵を描き始めた原点からうかがった。

「私が、画家を志したのは8歳の頃。担任だった先生から『目指すべき目標があれば、人生の路線を決めやすい』と言われたのがきっかけです。9歳の頃から油絵の教室に通うようになりました。とはいえ、3歳の頃から裏庭の植物を楽しそうに描いていたようです。今でも自分にとって何よりも美しいのは植物ですが、当時からその気持ちは変わっていません」

 14歳のときには、すでに注文制作を請け負うようになった。

「初めは、劇団のビラやポスターなどを描いて小遣いを稼いでいたのですが、そのうちに舞台背景画を描いてほしいという依頼があり、段々と大きな仕事も任されるようになっていきました。

 今の仕事は注文制作がほとんどですが、そのときの体験が今に活きているのかもしれません。相手がどういう作品を求めているのか、納期から逆算して今日はどこまで作業すべきか、などといった仕事の基本的な姿勢を学ぶことができました」

 高校に進学後もスミソニアン美術館主催のコンクールに出展するなど、熱心に絵を描き続けた。ただ、ここで大きな問題に直面する。

「私は、画家としてキャリアを築きたいと考えていましたが、親の強い反対がありました。 いよいよ大学を進学する年齢になったときは、弁護士だった父と相当やりあいましたね。そんな中でも祖母が間に入って中を取り持ち、『お前にも、夢を抱いていた時代があったじゃないか』と父を説得してくれたのです。

 すると父は、『アメリカでトップの美術大学に進学するのならば、画家になってもいい。できなければ諦めろ』という条件付きで受験を許してくれました。どうせ合格できないと思っていたのでしょう」

 しかし、父親の予想を裏切り、アラン氏は競争率50倍という高いハードルをクリアし、カーネギーメロン大学芸術学部絵画科に合格した。

アラン氏のアトリエ兼ギャラリー「繪処アラン・ウエスト」。ここで絵を制作し、販売もしている。

日本画や西洋画といったジャンル分けは意味がない >

iyashi

著者紹介

アラン・ウエスト(あらん・うえすと)

日本画家

1962年、ワシントンDC生まれ。98年、カーネギーメロン大学芸術学部絵画科を卒業後、東京藝術大学日本画科 加山又造に師事。99年、台東区谷中にアトリエ兼ギャラリー「繪処アラン・ウエスト」を構える。注文制作を中心に、植物をモチーフとしたさまざまな作品を手掛ける。

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