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<現地レポート> 香港で始まる恐怖政治―― 「中国化」の波は止まらない

2015年01月13日 公開
2016年11月11日 更新

小川善照(ジャーナリスト)

『Voice』2015年2月号より》

 

香港の未来を殺したのは誰だ

 その光景を目の当たりにしたとき、不覚にも涙が溢れ出た。75日間続いた香港デモの拠点、金鐘(アドミラリティ)にある「自修室」と書かれた大型テントが、香港警察によって破壊、撤去された瞬間だ。警官隊が壊してしまったのは、たんなる大型テントではなく、香港の未来そのものだったからだ。この場所では、この数時間前まで中高生たちがここでいつもどおりに勉強を続けていたのだ。

 このときの警官隊の態度に、わずかでも躊躇が読み取れたなら、まだ筆者は絶望しなかった。彼らは、まったく何の感情も込めず、黙々と撤去を行なっていた。上司からの命令であり、警察長官からの命令だから、何も考える必要はない。それは、習近平の言いつけを忠実に実行していた梁振英・香港行政長官の姿そのままだった。彼らは北京政府の命令どおりに、この日、香港の未来を殺したのだ。

 筆者は2014年10月以来、香港に三度取材に入った。時計を少し巻き戻して、香港デモの展開と現場の声から伝えたい。

 8月31日、2017年に行なわれる普通選挙実施の約束を反故にした北京政府に対し、香港の各民主派勢力は一斉に抗議活動を始めた。9月28日に大学生による学生組織「学連」と、10代の学生が中心となった学生組織「学民思潮」は、香港の経済の中心地の占拠運動(オキュパイ・セントラル)を開始した。

 梁振英は、直ちに警察に命じて、学生たちの排除を開始した。非暴力で無抵抗な学生たちを完全武装の警官隊が催涙弾と警棒で制圧していく様子は、メディアで即時中継された。「学生たちを守れ」と、香港市民たちは次々と占拠現場に集結して、一時期10万人もの参加者が現場に溢れた。警察はまったく手出しができなくなったのである。

 警官隊の催涙弾を雨傘で防ぐ学生たちの姿を英国のメディアが評して「雨傘革命」と名付けた。この運動は完全に学生主導だった。

 筆者が現場で話を聞いた最年少は中学3年生で14歳だった。友人と参加していた彼女たち二人は、自修室で宿題をやっていた。名門私立女子校に在籍しているという。

 「毎日学校帰りに、ここで宿題をやって帰宅します。私たちは、そうして私たちなりにデモに参加しています」

 「両親は心配しているんですけど、大学生にいろいろ教わったり、楽しいですよ」

 学生たちによる自主講座も開かれて、中高生に民主主義の仕組みを教えたり、なかには日本語の講座まであった。

 「私たちは香港と自分たちの未来のことを考えて、ここに来ているんです」

 少女は自作した黄色いリボン(今回の運動の象徴)のバッジを筆者に渡してくれた。

 占拠が3週目に入った10月の土曜日の午後。デモの中心地である金鐘は、親子連れの姿も珍しくない、どこかのんびりとした雰囲気だった。幹線道路の車道のど真ん中が、デモの封鎖によって広場のようになっており、子供たちは駆け回り、チョークで道路に描かれたイラストなどと一緒に記念撮影をしていた。

 よく見ると『ドラえもん』だ。若い父親は日本から来た筆者に親しげに語った。

 「僕らも日本のアニメやマンガで育ちました。この子たちもそうです」

 はしゃぐ子供にカメラを向けても文句をいわなかった彼だったが、親子一緒の写真はダメだという。

 「うちのボスは大陸出身なのです。デモの報道を見て彼はいつも怒っている。香港の自由さが気に入らないらしい」

 そして、こう続けた。

 「まさか、中国人の下で働くことになるなんてね」

 中国人なのに、中国人の下で働くことを嫌がる? 最初、通訳の冗談なのかと思ったが、違った。

 「香港を大陸人から取り戻す。このデモでそれができるかもしれない。私たち香港人は、このデモに期待しているんですよ」

 30歳になったばかりの父親は、そういって走り回る子供のあとを追って行った。

 バリケードの中にいる人物にも話を聞いた。ボランティアスタッフとして占拠に参加している人物だ。

 「彼のいうとおりです。いまの香港は誰のための街だかわかりますか? 大陸人のための街なのです」

 旺角(モンコック)は、東京でいえば、新宿のような街だ。デパートもあるが、一歩入ると風俗街もある。かつては、香港人が慣れ親しんだショッピングストリートが、現在ことごとく貴金属店だらけになっているのだ。それは同じチェーン店が二つ置きに続いているような、異様な光景である。ロレックスなどの高級腕時計と、数百万円はする純金製の装身具ばかりがショーウインドーに並んでいる。

 そして、ここを闊歩するのは大陸人、つまり中国人たちだ。北京語で大声で話し、道端に痰を吐き、立ち小便すら珍しくない。マナーが悪い彼らは粉ミルク、紙おむつなどの日用品を買いあさり、香港の物価を上げてしまった。最近、中国人観光客への抗議デモも発生しているという。

 「香港は大陸からの観光客が落とす金に依存しています。そして、大陸人たちの投資によって、香港の地価はいまや世界一です。香港の若者は実家を早めに出て20歳代のうちに家かマンションを買うのが代表的な人生設計でした。でも、いまでは給料生活者では家を買えません。実家暮らしの若者ばかりです」

 彼自身も実家暮らしだ。経済に関しては、香港はすでに中国の一部となっている。1997年、香港返還当時の中国全体のGDPに占める香港の割合は20%以上にも上っていた。しかし現在、それはわずか3%になっている。

 香港の長江企業グループの李嘉誠会長は、長年保持していたアジアで一番の大富豪の座を、中国本土のアリババグループ、馬雲会長に譲った。

 もちろん中国本土の経済発展のためである。しかし、香港の地盤沈下は明らかなのに、地価は高騰し、庶民の暮らしは圧迫されている。

 「デモに対して『こんな占拠を続けると地価が下がってしまい、香港経済が混乱してしまう』という意見がありましたが、デモの最中にも2%も地価が上昇しているんです」

 香港市民の憤懣は、いったいどこにぶつけるべきなのか。こうした事態に、香港の政治家は何ら有効な手だてをとれていない。

 デモの現場には、そこら中に「我要真普選」(真の普通選挙を求める)というメインテーマが掲げられている。それと同じくらい「689」という数字が溢れている。この数字こそ、今回の騒動の元凶である。

 689とは、香港のトップである梁振英・行政長官のことだ。彼が中国共産党の強力な推薦がありながら、香港の選挙委員会の1200票のうち、689票という低得票数しか取れなかったことに由来する。「エラー689」などと書かれたTシャツを着ているデモ参加者もいる。しかし、この愛称には、香港市民のもっと辛辣な悪意が込められている。689には7がない。ゆえに「無七用」と呼ばれる。広東語には、7と同じ発音で男性器を指すスラングがある。つまり、689とは、「たまなし」「へたれ」の意味なのだ。香港市民の自由を守るよりも、北京政府に媚びへつらう様子が、まさに689なのである。

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