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日本は同胞を救わない国のままでいいのか!

2015年12月15日 公開
2022年12月07日 更新

門田隆将(ノンフィクション作家),櫻井よしこ(ジャーナリスト)

「DREAMER」対「REALIST」

 

 門田 いまおっしゃった相違を判断する基準は、じつは「左派か、右派か」ではありません。安倍首相を右翼と呼ぶ人びとやマスコミは、自民党と社会党の対立という55年体制の幻想を引きずった「55年症候群」に罹っているだけでしょう。

 日本の真の対立軸は「現実を直視しているかどうか」です。「DREAMER(空想家、夢想家)」対「REALIST(現実主義者)」の戦いですね。

 櫻井 そのとおりです。そして日本を取り巻く現実は、いまや中国の脅威を抜きにして判断できません。尖閣諸島沖に公船を送り込んで領海侵犯を繰り返し、南シナ海で人工島を建造して「自由で平和な海」を破壊しようとしている。さらに沖縄県の普天間基地の辺野古移設に反対する活動家を見れば、沖縄県民よりも本土の人や外国人が多数を占めています。中国による工作の手が及んでいる、と考えざるをえません。

 門田 『日本、遥かなり』に登場する人びとはイランやクウェート、リビアなど日本から遠く離れた地で働き、世界のREALな姿を肌で知っている。これだけ世界中で日本人が活躍している現代ですから、そのような人は数多くいるはずです。

 問題は、世界の常識を知らないドメスティックで不勉強な政治家であり、彼らを支持する「55年症候群」の人びとやマスコミのほうです。

 櫻井 自民党議員のなかでも、たとえば船田元氏は明らかに「DREAMER」側の人でしょうか。氏はかねてから、9条の改正に関してネガティブと受け取られてもおかしくない言動をしていました。2015年6月4日には、衆議院憲法審査会に憲法学者の長谷部恭男氏(早稲田大学教授)を参考人として招き、長谷部氏に安保法案を「憲法違反」と批判される、という不始末を起こしています。私が不思議に思うのは、船田氏はその審査会の場で、なぜ即座に「長谷部さんは憲法違反とおっしゃるけれども、それでは国民の安全はどうなるのか。現行憲法で、日本人の生命が守れると思うのですか」と反問をしなかったのでしょうか。

 こうした動きに自民党全体が引っ張られてしまい、立党時から掲げる「自主憲法の制定」という党是を見失うことがあってはならないと思います。自民党内の憲法改正に向けての動きはいま、とても低調です。それでも私は、安倍首相ご本人の決意は揺らいでいない、と考えています。何より国民投票法の改正や18歳選挙権など安倍政権のこれまでの「行動」が、首相の決意を物語っているのではないでしょうか。

 

「ストップ戦争法案」の運動そのものが憲法違反

 

 門田 憲法というと9条しか知らない人が多くて困りますが(笑)、ご指摘のとおり、憲法13条では「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とあります。国民の生命が脅かされる事態になれば、個人の幸福追求などありえない。他国に支配されたり、拘束されたりすれば、その時点で、自由も、生存権も、幸福追求権も、すべてなくなるからです。

 それゆえ、主権国家に与えられるのが自衛権なのです。国民を守る権利の意味を理解しないまま、自衛権を「憲法違反」と断じることが、いかに現実から遊離しているか。

 日本のドリーマーたちは街頭で「ストップ戦争法案」と叫び立て、集団的自衛権や自衛隊の存在自体を「憲法違反」だといっています。しかし、日本国憲法をないがしろにしているのはむしろ彼らのほうです。

 櫻井 彼らの運動そのものが、日本国民の命を危うくするとしたら、本質的に憲法に違反している、ともいえるでしょうね。

 そもそも国家の法規は国内法と国際法に分かれており、国内法においては憲法が、国際法においては国連憲章が優先します。国連憲章の第51条には「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」とあり、日本の自衛権が認められているのは周知の事実です。

「集団的自衛権は戦争につながる」という人に申し上げたいのは、第1に、国家の自衛「権」は権利であって義務ではない、ということです。権利を行使するか否かはその時々の国会すなわち国民の判断によって決まります。したがって、他国の判断にすべてを委ねて戦争に巻き込まれる、という事態は起こりえません。第2に、日本は世界第3位の経済大国でありながら、なぜわが国だけがあらゆる他の国連加盟国が保有する権利をもとうともせず、依然として他国に守ってもらう立場に立とうとするのか。その意味を国民1人ひとりが考える必要があります。

 

日本に生まれたことを嘆かなければならないとは

 

 櫻井 『日本、遥かなり』の第11章で記された、イラク軍の人質になって製油所に軟禁された長谷川捷一さん(当時「アラビア石油」クウェート事務所技術調整役)のエピソードは衝撃的でした。長谷川さんは自分と同じく人質になった多くの国・人種の人びとと共同生活を送るうちに、日本の人質事件への対応だけがまったく違うことに気付いて愕然とし、「日本人として生まれたことは、果たしてよかったのか」と自問するまでに至ります。

 門田 長谷川さんは毎日ラジオを聞くことができたのですが、イギリスのBBCやボイス・オブ・アメリカは毎時間、人質向けの放送を行なっていたそうです。BBCは「あなた方が1人残らず解放されるまで、私たちは頑張ります。皆さんも頑張ってください」というメッセージを必ず流し、ボイス・オブ・アメリカも同様に人質を励ますコメントをラジオで放送していました。

 では、日本は何を放送していたのか。ラジオジャパンは相も変わらず相撲の取り組みの結果や秋の味覚がどうのという放送内容で、まるで人質事件などなかったかのように通常の番組を続けていた。長谷川さんが帰国後、ラジオジャパンに抗議すると、その答えは「全世界に日本人がいるから、あなたたちのためだけには放送はできない」。これでは日本という国に絶望するのが当たり前です。

 櫻井 長谷川さん曰く「日本だけが、人質を励まそうなんて、そんな考えがないことがわかりました。なんでこんな国に生まれたのかと、情けなかった」。日本人が日本に生まれたことを嘆かなければならないとは。これほどの不幸があるでしょうか。

 門田さんの本の凄さは、とにかく取材をし尽くすことによって「現実を触っている」ことです。やはり現実に触れることなしに、人間の生命の守り方や国の安全のあり方を論ずることはできない、と私は思います。

 門田 現実を触る、という点でいうと、今回の取材のなかで印象深かったのが、もし日本が「助けられる側」と逆の立場になったときに他国の人を救えるのか、という問題提起でした。たとえば中国や台湾、朝鮮半島などアジアで危機が起きたとき、トルコから「わが国民も助けてほしい」と頼まれたとしたら、日本は救出に行くことができるのか。法律で手枷足枷のような要件を嵌められてしまった自衛隊に、十分な働きは期待できない。それで普通の国といえるのでしょうか。日本人は、トルコ人がしてくれた行為を「奇跡の恩返し」といって感激しています。しかし、ただ感激するだけで国際社会に通用するのか、ということです。

 櫻井 おそらく現状の日本では、戦争状態にある地域に自衛隊機を派遣して他国民を救出することは難しいでしょう。日本人のためにテヘランまで救援機を出してくれたトルコのオザル首相(当時)のようなリーダーシップがあれば別ですが、現状では「なぜ外国人のために自衛隊機を出さなければいけないのか」という反対論が強い。時間をかけて日本人に理を説く以外にない、と思います。

 日本は今後、国際社会の期待に本当の意味で応えていける国にならなければなりません。安倍さんにはもちろんこの先も首相を務めていただきたいですが、ほかの人が日本のリーダーになったときや、将来にわたる日本の国際平和貢献を考えるうえで、法改正は必須です。いわゆる「当該国」にあたる中国の圧力や妨害に抗して、日本人のみならず他国人を救うことができるのか、という問いに、真剣に向き合わなければいけません。

 門田 現状、戦時において中国や韓国、台湾に自衛隊の救出機を出すのはそうとう困難ですからね。

 櫻井 たとえば韓国は、日本の集団的自衛権によって最も恩恵を受ける国の1つです。にもかかわらず2015年9月、安全保障関連法が成立した直後に「日本政府が戦後一貫して維持してきた平和憲法の精神を堅持しながら地域の平和と安定に寄与する方向で、透明度をもって推進していく必要がある」(韓国外務省)と、あたかも朝鮮半島への日本の軍事介入を懸念するようなコメントを出しました。韓国政府もまた、自国民の生存という問題に対して真剣に向き合わなければならない、と思います。

 

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著者紹介

門田隆将(かどた・りゅうしょう)

ノンフィクション作家

1958年、高知県生まれ。中央大学法学部卒。雑誌メディアを中心に、政治、経済、司法、事件、歴史、スポーツなどの幅広いジャンルで活躍。著書に『記者たちは海に向かった―津波と放射能と福島民友新聞』(角川書店)、『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)などがある。『この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社)で、第19回山本七平賞受賞。最新刊は、バシー海峡の悲劇を描いた戦争ノンフィクション『慟哭の海峡』(角川書店)。

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