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日本は同胞を救わない国のままでいいのか!

2015年12月15日 公開
2022年12月07日 更新

門田隆将(ノンフィクション作家),櫻井よしこ(ジャーナリスト)

友邦国の台湾を守る

 

 櫻井 日本にとってとりわけ心配なのが、台湾の行方です。2016年1月に行なわれる総統選挙と立法院選挙で民進党が勝利を収めた場合、5月までの4カ月間に何も起きなければ、無事に民進党の政権ができます。しかし、このシナリオも、疑問符を付けようと思えば付けられる余地が少なからずあります。さらに台湾は、いまや見るも無残なほどに経済面での対中依存を深めてしまっている。加えて中台間には途方もない軍事力の格差があり、中国がこのアドバンテージを手放すことは絶対にありません。

 私たちが「難儀している相手を助けるのは当たり前」という立場に立つならば、日本の国益にも叶うやり方で、台湾という友邦国を守ることを考えていかなければなりません。

 門田 台湾は日本の生命線ですからね。仮に1996年のような台湾海峡危機が勃発し、今度は台湾海峡が中国の支配下に置かれるような事態になれば、台湾の地政学的な位置付け上、南シナ海が中国の内海になってしまう。それこそわが国の「存立危機事態」に直結します。

 櫻井 台湾を守るのは、何も台湾人のためだけではない。日本の存立に関わる死活問題という危機意識が必要です。

 門田 では、日本は台湾に対して何ができるのか。現在のように法律や世論の手枷、足枷を嵌められている状況では、自衛隊は拱手傍観するしかない。エルトゥールル号と邦人救出の教訓はまさにこの点です。他国に一方的に救出してもらうだけ、恩に着るだけでは、日本人が生存することは難しいでしょうね。

 櫻井 たとえば中国の台湾支配への対抗策として、アメリカは台湾関係法を定めています。1979年、アメリカが中国と国交を樹立して台湾との国交を断絶したとき、アジア地域を守る戦略上の観点から、アメリカが台湾に武器を供与し、軍事的に平和を脅かす勢力への台湾の軍事力行使を定めた法律です。

 ところが、2001年の「9・11」テロ後に問題が起きました。アメリカは対テロ作戦に際して中国の協力を得るため、台湾への武器輸出を滞らせたのです。中国は、アメリカが喉から手が出るほど欲しいイスラム過激派テロリストの情報と引き換えに、台湾に武器を売らないよう要求し、アメリカがこれを呑みました。結果として台湾の軍事力はこの10年で脆弱極まりないものになり、中台間の力の格差には絶望的な開きが生じました。

 わが国が取りうる対処はおのずと明らかです。すなわち日本版の台湾関係法を制定することです。自衛隊の派遣は難しいとしても、事実上、台湾の現状を維持するために軍事力を含めたバックアップを行なうことです。

 いま台湾の国民党と中国が互いに「92年合意」を口にしています。92年合意は、台湾と中国は「1つの中国」であり、台中双方がそのことを認めた、というものですが、当時、台湾総統だった李登輝氏はそんな合意はなかった、と明言しています。台湾を支えるという意味で、日本はこの「92年合意」があるという中国側の論理に乗ってはならないと思います。

 

同胞の集合体としての祖国

 

 門田 すると問題は結局、1972年の時点に回帰することになります。なぜアメリカは台湾関係法を制定したのに、肝心の日本は台湾に後ろ足で砂をかけるように「1つの中国」などという共産党の言い分を認めてしまったのか。

 昔、ニュースを見ていて驚いたのは当時、外相を務めた大平正芳さんがあの細い目をかっと見開いて「日華条約は終了した」と強く宣言した瞬間です。のちに「アーウー総理」といわれた大平さんが、なぜあのときに限って田中総理のもと、党内の強硬な反対論を押し切って日華条約の失効を決め、拙速に中国と国交を結ぼうとしたのか。国交正常化を望んでいたのは日本よりも中国です。恩義ある台湾を捨ててまで事を急ぐ必要はなかった。台湾と1回断交した関係を再構築する困難さを考えるにつけ、当時の選択が検証されるべきなのに、それがまったくない。

 櫻井 台湾が中国の1部だとする中国の主張を、日本は「理解し尊重する」としてしまったのですね。「あのとき台湾を救えなかった」という恨みは、私たち日本国民の多くが感じています。

 当時を振り返って痛感するのは「ニクソン・ショック」の影響の大きさです。1971年7月15日、アメリカのリチャード・ニクソン大統領がそれまで極秘だった中国との交渉を突如明らかにし、訪中を発表した。わが国には天地が逆転するほどの衝撃でした。日本は、あの日までの戦後ずっと、独自に外交路線を考えることはなく、戦勝国アメリカについて行きさえすればよいと思っていた。しかし、その夢想が1日にして崩れ去り、フタを開けてみればアメリカは日本の頭越しに中国と結んでいた。

 ニクソン・ショックゆえに、雪崩を打つように中国との関係樹立に走り、台湾のことも十分には考えなかった。いま再び、南シナ海問題で孤立していた中国に、アメリカが航行の自由などの原則論を主張しながらも、1歩も2歩も引いた奇妙な姿勢を見せています。米中接近の可能性がないわけではありません。だからこそ、私たちは72年当時の対中傾斜という失敗を教訓にすべきでしょう。再び同じような苦い経験をしなくてもよいように、振り回されないように中国に対峙するだけの国力を涵養し、対中戦略を構築しなければなりません。

 それにしても、習近平主席はいまごろ高笑いしていることでしょう。2001年の「9・11」テロのときと同じく、イスラム過激派組織のIS(イスラム国)がパリで連続テロの大惨事を起こし、南シナ海での中国の無法から世界の目が逸れたからです。

 門田 逆にいえば今後、日本の対応いかんでアジアの平和と安定が決まるということです。その意味で、われわれはいま大きな岐路に立っていますね。

 櫻井 大きな岐路、危機であるのと同時に、自立のための大チャンスでもあります。以前、アーサー・ウォルドロン氏(ペンシルベニア大学教授)とお話ししたとき「日本に戦後最大の危機が訪れている」と申し上げたら、「櫻井さん、戦後最大なんかじゃない。元寇以来の危機ですよ」と諭されました(笑)。たしかに現在は13世紀の元寇に匹敵するほど、大きな世界の潮目の変わり目にあります。この危機の荒波をきちんと受け止め、日本が成長するための好機に転じさせなければならない。安倍晋三という政治家が日本の首相であることは、その意味でこのうえない幸運です。ニクソン訪中に驚き、我を忘れて中国に擦り寄った田中角栄首相のような近視眼的外交姿勢を立て直そうと、全方位的な「地球儀外交」を行なっているのが、まさに安倍首相なのですから。

 門田 そもそも田中角栄は「福田赳夫では中国とうまくやっていけない」といって政敵を蹴り落とし、中国をタネに政権を奪取したようなものです。日中国交正常化の前後には不可解な出来事が多く、さらに背景を掘り下げて調べる必要があります。にもかかわらず、誰もそうした検証作業を行なっていない。そのあたりの時代の秘話をいま調べていて……詳しくは次回のノンフィクション作品で描く予定ですから、しばらくお待ちください(笑)。

 櫻井 門田さんの作品は分厚い取材によってつねに登場人物1人ひとりを際立たせ、その人の思いを読者に伝えてくれます。『日本、遥かなり』に出てくる人びとは、男性も女性も、いずれも立派な日本人ですね。

 門田 そうですね。皆、毅然としています。

 櫻井 日本人の足跡を日本人自身が知ることによって、私たちはふるさと、同胞の集合体としての祖国や国民国家に対する愛情と尊敬の念を育てることができるのではないでしょうか。

 門田 そういうふうに読んでいただけると嬉しいですね。

著者紹介

門田隆将(かどた・りゅうしょう)

ノンフィクション作家

1958年、高知県生まれ。中央大学法学部卒。雑誌メディアを中心に、政治、経済、司法、事件、歴史、スポーツなどの幅広いジャンルで活躍。著書に『記者たちは海に向かった―津波と放射能と福島民友新聞』(角川書店)、『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)などがある。『この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社)で、第19回山本七平賞受賞。最新刊は、バシー海峡の悲劇を描いた戦争ノンフィクション『慟哭の海峡』(角川書店)。

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