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政治家の世代交代が進めば日韓関係は改善するか

2016年02月26日 公開
2022年07月08日 更新

マイケル・ユー(韓国人ジャーナリスト)

勝負は朴槿惠大統領の次の政権だ

聞き手:金子将史(政策シンクタンクPHP総研 主席研究員)

 

反日一辺倒の韓国社会に変化の兆し

 ――ご著書『「日本」が世界で畏れられる理由』(KADOKAWA)では、重心を反日でも親日でもなく「克日」に置き、知的で理性的な日本理解を韓国人に促しています。のっけから「そろそろ韓国は、日本の短所ばかりをあげつらう『井の中の蛙』状態から脱却したほうがいい」(「はじめに」)と日本のネット右翼が喜びそうな提言で始まります(笑)。

 ユー この本は、日本でいう『文藝春秋』のような『月刊朝鮮』という総合誌に掲載した原稿などを下敷きにしています。日本人ではなく、むしろ韓国人に向けて書いたもので、韓国人にとって耳を塞ぎたくなる記述も多い。驚いたことに韓国でこの本が増刷を重ねています。『朝鮮日報』の書評にも取り上げられるなど、反響があったようです。

 ――どういった感想が多いですか。

 ユー ほとんどが肯定的な意見で、「日本を客観的に見ることができた」「いままで日本人に関心を示さなかったことを恥じる」といった反応が寄せられました。

 日本の出版マーケットでは、韓国による反日行動を批判する「嫌韓本」の売れ行きが良好で、書店で関連書が平積みされています。同様に、韓国でも日本を否定する「嫌日」の本は人気があり、書店にたくさん並びます。親日はいうまでもなく、知日の立場から日本を描いた書籍は珍しい。そのため、読者が手に取ってくれているのかもしれません。右か左かではなく、真ん中の立場で日本と韓国の関係を客観視したいと思う韓国人が少なくないことを実感しました。

 ――ユーさんがお感じのように韓国の一般社会には日本に対してバランスの取れた見方をしようというベクトルもあるし、さらにいまの韓国社会で「反日一辺倒ではダメだ」という変化の兆しが顕れているのかもしれませんね。

 ユー 私も含めた韓国の386世代(1960年代生まれで80年代に大学生、2000年代に30歳代を過ごした世代)の特徴として、日本を見る目が2通りあることも関係していると思います。1つは、「戦時中に韓国を植民地支配していた日本を許さない」と怨恨を抱き続ける見方。もう1つは、「苦渋を嘗めてきた経験を2度と繰り返さないために、日本の組織や技術を学ぶべきだ」という未来に向けた前進を求める見方です。不平不満ばかりをいうのではなく、逆境を乗り越え、新しい国のあり方を模索している世代が台頭しはじめたのはよい兆候です。

 ところが残念なことに、若い世代になればなるほど、再びこの精神は失われていきます。戦争を経験せず、国内の新聞やテレビにしか触れていない20代や30代の若者からすれば、世界が韓国中心に動いているかのような錯覚に陥るのは無理もないことです。彼らが日本を韓国と同列に見なし、根拠のない愛国心を抱くようになるのは韓国にとってプラスではありません。だからこそ私は、日本に対するコンプレックスを認め、それを自ら乗り越えようとする世代に期待しているのです。

 

「二枚舌外交」はいつまで続くか

 ――ご専門である外交戦略についてお聞きします。2016年1月6日、北朝鮮が4回目の地下核実験(北朝鮮は水爆実験と主張)を強行しました。また、南シナ海の領有権問題をめぐり中国が強硬な姿勢を緩める気配は見えず、アジアの海洋権益をめぐる紛争・対立は激しさを増しています。

 緊張度が高まる東アジアの地域安全保障面におけるアメリカの役割はいっそう重要になっていくと思われます。ここ数年、オバマ大統領の日韓の歩み寄りを促す姿勢をどう考えていますか。

 ユー いまや中国の軍事力は自国でコントロールできないほどにまで肥大化しました。アメリカが最も警戒するのは、海外諸国を自国の都合に合わせようとする中国の覇権に韓国がなびくことです。

 昨年10月、ヘーゲル国防長官と韓民求国防相は2015年12月に予定していた在韓米軍の撤退(韓国軍への戦時作戦統制権移譲)を再び延期することを決めました。また、韓国がアメリカとFTA(自由貿易協定)を結んでいる点からも、米韓関係が崩れることは当面考えられません。

 ――中国が南シナ海で人工島を軍事拠点化する横暴に対する韓国の反応はどんなものでしょうか。

 ユー その点は、韓国政府もけっして一枚岩ではありません。朴槿惠大統領を中心に閣僚の多くは中国に肯定的な姿勢を見せていますが、実務レベルでは納得していない者もいます。昨年11月4日にマレーシアで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)拡大国防相会議では、韓民求国防相が「南シナ海では航行の自由が保障されるべきだ」と明言しました。国防相の発言が政府の本音だとわかっていながら、朴大統領は建前上、中国を否定することはできないのです。

 ――なぜ、朴大統領は中国との関係をそこまで重視するのでしょう。

 ユー 1つには、経済的な理由です。韓国は中国に依存しながら経済活動を維持しています。昨年11月26日の米『フォーブス』誌が発表した「中国依存度が高いランキング」によれば、GDP(国内総生産)に占める対中輸出の割合で韓国は1位の11%でした(台湾を除く)。ちなみに日本はたったの3%、アメリカは1%にも満たないのです。

 また昨年10—12月期の韓国の対中貿易額を見ると、初めて日本の対中貿易額を上回り、アメリカに次いで2位に躍り出ました。昨年12月に韓中間のFTAが発効し、両国間の貿易がいっそう拡大すると見込まれれば、今年からは年間ベースでも対中貿易額で日本を上回るのではないでしょうか。このような経済的に相互依存関係にある中国の意向を、韓国は無視することができません。

 もう1つの理由は、朴槿惠大統領の個人的な「思い出」です。朴大統領がまだ若いころ、父親である朴正熙元大統領が暗殺されました。そのあと約20年ものあいだ、彼女はKBS(韓国放送公社)の中国語講座を見て中国語を勉強したそうです。

 ――10年以上かけて130編、52万6500字の『史記』を書き綴った前漢の司馬遷のようですね。失意のどん底で、慰めに近い行為だったのでしょう。

 ユー 朴大統領の過ごした20年というのは、ちょうど小平によって改革開放政策が敷かれ、中国が国際的地位を高めていた時期と重なります。市場経済へと移行し、急成長を遂げた中国の姿を目の当たりにした経験から個人的感情が先立ち、大統領になった瞬間に親中に傾いていったのかもしれません。

 ――ご著書での第5章で「韓国には、日本に対応するために中国を活用しようと主張する人が多い。……その成果はごく小さいものに留まるだろう」と書かれています。国際舞台における中国の外交力を軽視する主張は、韓国で受け入れられる素地はありますか。

 ユー 私は、韓国がアメリカと同盟を結びながら、そのアメリカを敵視する中国とも良好な関係を続ける「二枚舌外交」をいつまでも保てるとは思えません。日本に対しても同様で、国内経済が芳しくないなか、親中か親日かを議論するより、国益ベースで日本と中国との関係を再考するべきでしょう。青息吐息の中国経済を尻目に最近では徐々にマスコミの論調も変わりつつあります。

 また、意外にも思われることかもしれませんが、そもそも中韓関係を強固にしたきっかけを提供したのは日本です。1894年に日清戦争が起こる前まで、中国と韓国の関係は最悪でした。

 朝鮮に住む金持ちの中国人による朝鮮人女性の人身売買も少なくなかった。

 朝鮮には、日本でいう夏目漱石のような近代文学家に金東仁という歴史小説家がいました。彼の有名な小説『甘藷』には、無所不為の力をもつ王書房という中国人が登場します。王は朝鮮人の娘・福女を買い取り、性の道具にして最後には殺してしまいます。これだけ残酷な小説を書いても何の責任も刑罰も科せられません。当時の朝鮮では、中国人はいわゆるアンタッチャブル、治外法権が適用されていたのです。中国人による恥辱に対して朝鮮人は何もいえず、憎しみを抱きながらひたすら耐えるしかなかった。ところが、朝鮮が日本の統治下になり、日本への批判が広まると、中国に対する憎しみがだんだん薄れてきます。いまの韓国は、「敵の敵は味方」の論理で中国にすり寄っているだけなのです。

 ――日本が中国の身代わりの盾になった、ということですね。

 ユー 一方で、反中感情が払拭されずに深く刻まれてしまった国が北朝鮮です。いま世界で中国を最も嫌っている国は、北朝鮮ではないでしょうか。

 現在、中国と北朝鮮は同盟関係にありますが、信頼に値する関係性ではありません。同盟とは一種のコミットメント(公約)です。有事の際は、互いの信頼に基づいて対応するものでなくてはなりません。しかしある中国の関係筋によると、仮に北朝鮮で有事があっても、中国は本気で介入するかわからない、といいます。朝鮮戦争時に中国の人民志願軍100万が参戦した歴史はあるけれど、情勢が異なれば話は違います。

 同様の理屈で「韓国がアメリカと経済的な同盟を結んでも、危機的状況の際に信頼できるパートナーになるとは限らない」という韓国の知識人も少なくないのです。

 

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