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「巨大化」「高層化」する組体操の病

2016年05月26日 公開
2016年11月11日 更新

内田 良(名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授)

 

一律な家族観による「2分の1成人式」

 ――小中学校では道徳が「特別の教科」化されるなど、道徳教育が推進されていますが、これについてはどうお考えですか。

 内田 道徳を教科の一つとして教え込んでいくことには疑問を感じます。たとえば「高齢者を大切にしなさい」という価値観は、あくまで日常社会のなかで学んでいくものであり、それを道徳という「教科」のなかで教えることには違和感があります。

 ――敬老の精神や親孝行といった伝統的価値観が地域社会のなかで急速に薄れているからこそ、保護者は学校教育に期待する部分があると思うんですが……。

 内田 そこはとても大事なところです。たしかに多くの人にとって、家族は大切な場所であり、落ち着ける場所といえるでしょう。その一方で、家族といると苦しい、家庭はしんどい場所と考える人もいるわけです。少なくとも私は、家族=善きものとして、一つの価値観を道徳などの教科で子供たちに教えることには反対です。

 たとえば現在、「2分の1成人式」という行事が全国の小学校に広がっているのをご存じでしょうか。これは小学4年生が成人の半分、10歳になったときにその節目を祝うものです。

 ――いったい、何を祝うのでしょうか。

 内田 教職員向けの月刊誌『小四教育技術』(小学館)の特集によれば、その目的は「自分の成長をふり返り、これからの過ごし方(生き方)を考えさせること、もう一つは、保護者に感謝の気持ちを伝えること」にある、といいます。ある小学校で行なわれている例では、親に感謝の手紙を書いたり、親の側にわが子が幼児だったころの成長記録を宿題として書かせている。しかし、最近は離婚の増加で、父親や母親の顔を知らない子供も増えています。あるいは虐待を受けている子供にとっては、親に感謝の気持ちを書くという作業は苦痛以外の何物でもないでしょう。

 ――貧困や虐待にさらされている子供にとっては、辛い行事であることは容易に想像できます。戦後の平等教育の理念からも外れていると感じます。

 内田 ちなみに「2分の1成人式」には保護者も出席を求められます。そこで想定される親子の関係は、「(離婚も再婚もなく)実父母が子供をずっと大切に育ててきた」という単純な幻想です。一様な家族幻想に閉じ込めて、子供だけでなく、保護者まで教育しようというのです。もし他人への感謝の気持ちを教えたいのなら、対象は友人でもいいはずでしょう。さまざまな家族の現実に蓋をして、家族回帰の一律な価値観を教育の場に持ち込むことに私は反対です。

 ――教育の現場でそのような家族回帰が叫ばれるのは、家族のあり方が多様化していることの反作用かもしれません。いくら組体操の事故リスクが指摘されても、規制の動きがなかなか広まらないのも、組体操で演出される“絆”が日本社会から失われていることの裏返しのような気がします。でも、ほんとうに子供たちは組体操で学校の先生がいう「一体感」「達成感」を感じているのでしょうか。

 内田 そこが問題です。私は「一体感や達成感が教育として必要であれば、子供を事故のリスクにさらさないような方法を考えてほしい。なにも組体操にこだわる必要はない」という論法をとってきたわけですが、じつはネット上には(かつて)組体操の土台にさせられた当の子供たちによる不満の呟きが溢れています。組体操による一体感そのものが、幻想だったのかもしれません。

 ――先生の前では反抗できない子供たちも、ネット上では本音を洩らしている。最下層の土台に選ばれるのは体格のいい生徒でしょうが、自分の中学、高校時代を振り返っても、彼らはひどく痛がっており、あまり楽しそうにはみえませんでした。

 内田 上の人間を支えて膝をついた脚に校庭の石がのめり込んでも、「我慢しろ」といわれる指導が学校現場ではなされがちです。「みんなのために痛みを忘れろ」というのは、日本的な美徳のあり方だといえるかもしれませんが、怪我の発生に対する管理者責任を放棄しているともいえます。

 ――完全に大人側の目線で一体感、達成感を演出している。まさに教育という病ですね。

 内田 結局は大人の論理でしかない。そう思います。

著者紹介

内田 良(うちだりょう)

名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授

博士(教育学)。専門は教育社会学。学校生活で子供や教師が出遭うさまざまなリスクについて調査研究並びに啓発活動を行なっている。ウェブサイト『学校リスク研究所』『部活動リスク研究所』を主宰。主な著書に、『柔道事故』(河出書房新社)、『「児童虐待」へのまなざし』(世界思想社、日本教育社会学奨励賞受賞)

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